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2007年12月

2007年12月31日 (月)

2007年を振り返る

 あと4時間ちょっとで2007の幕を閉じる。年を重ねるごとに一年経つのが早く感じる。この時間にブログなんて書いている人間はそんなにいないだろう。まあこういうとき自分は孤独なんだと思ったりする。今年はどんな年だったか?と自問自答したところで『可もなく不可もなく』といった回答しか浮ばない。自分では結構頑張っているつもりだがそれが形になって現れないというジレンマが素直な感想なのだ。

 最近はあまりテレビを観なくなった。歳のせいかもしれないけれど面白いと思える番組が無い。特に年末年始の特番はそうだ。今夜は各局をザッピングすることになるだろう。まあこれは自分だけだろうが、教育テレビの第九(第四楽章だけ)とテレビ東京のジルベスターコンサートカウントダウン(カウントダウンのところだけ)はここ数年観ている。何か年末は第九という刷り込みがあるのと、テレビ東京の方は曲が終ると同時に新年を迎えるという素晴らしさに惹かれてしまった。ただ、悲しいことにどちらも音楽自体にあまり興味はないのだ。

 今日、車を運転している時、何気にラジオから馬場俊英さんの「スタートライン」という曲が流れてきた。何か今の自分にピッタリのような気がして感動してしまった。今夜の紅白はこれだけは抑えておこう。何とか来年こそは「My Revolution」と思いつつ、久しぶりに日本酒を傾けながら年の瀬をゆっくりすごそう。

2007年12月28日 (金)

医師不足問題に思うこと

 またしてもたらい回しで死者が出てしまった。25日、大阪の女性(89)が救急搬送の際、30箇所もの病院に受け入れを拒否され、ようやく見つかったときには容態が急変し亡くなったというのだ。今年に入ってこうした悲劇を何度となく聞いている。根底には医師不足問題があるのだという。

 でも医者の数自体は毎年3,000~4,000人ぐらい増えているらしいので、何でこうした問題が起こるのか不思議だった。いろいろな報道番組を見たが、研修医制度の変更と訴訟リスク等の問題が大きいということらしい。まあ、勤務は過酷だし、その上、何かあればすぐに訴えられてしまうのでは割りに合わないと思うのも仕方がない。今回の事だって何もわざと受け入れを拒否したわけではなくて、その余裕がなかったのだと思う。

 昨年、私の親父も心臓を手術して命拾いをしたが、医師並びにスタッフには大変お世話になった。毎日のように病院に通って、彼らの動きをみているとその大変さが良く分かる。おそらくどんな医者だって目の前の患者を見捨てよるようなことはしないはずだ。この問題は誰が悪いという責任論を言っても仕方がない。官僚や医者を悪者にしたところで何ら問題は解決しないのだ。ここは抜本的に医療行政を見直す必要があるのではないだろうか。  

2007年12月25日 (火)

肝心な時に壊れる私のプリンター(泣)

 昨夜はクリスマスイブ。でも私の場合は山下達郎の曲にあるように『ひとりきりの・・・』がここ何年も続いている。だから、両親の分も含めて年賀状を作っていた。パソコンで作り始めてからもう10年ぐらいになるだろうか。最初の頃は面白かったが、最近は送り主に応じて文面を3パターンぐらい作っているから少し面倒くさい。それでもパソコンがなければ年賀状なんて無視していたかもしれない。

 両親と自分の文面、宛名を作り、テスト印刷を行い、さて後は本印刷だけだと思っていたら、30枚ぐらい刷れたところでハガキが上手く入っていかない。いろいろ試してみたけど同じ。まさか故障か?さすがに腹が立って八つ当たりしそうになった。まあ、相変わらずツイていない自分らしい出来事だ。

 数年前、前に使っていたプリンターでも同じようなことがあったから余計に腹が立ったのかもしれない。その時は車で2時間ぐらいのところに修理するショップがあったので2、3日で直ったが、今回はメーカーを変えてしまったのでそうはいかない。仕方なく知人から借りることにして、今日、何とか完成した。

 プリンターは性能から考えるととても安価だ。インクジェットタイプのプリンターなら3~4万円も出せばかなり高性能な物が買えてしまう。ただし、問題なのはインク代だ。インクを1セット揃えるとすぐに6~7,000円してしまう。4回から5回取り替える金額で新品のプリンターが買えることになる。そしてモデルチェンジが行われるとインクカートリッジも変わる場合がほとんどなので買い置きするのも怖い。廉価版のインクを使おうものなら、故障した場合の保証は利かないなんてことを言いかねない。

 何か腑に落ちない話だが、きっとこれがプリンターのビジネスモデルなんだろう。でも環境問題もあるし、消費者だって馬鹿じゃないから、そのうちこういうビジネスモデルも成り立たなくなるのではないだろうか。まあ、痛し痒しのところもあるから、せめて正規品のインクが半額ぐらいになって欲しいと思うのだった。

 

 

2007年12月23日 (日)

富士マラソンフェスタ

 今年F1も開催された富士スピードウェイを生身の体で走れるというのが一番魅力的に感じる大会だ。普通なら関係者しか入れないピットなどにも入れるし、サーキットの雰囲気が十分味わえるからだ。正直言って、今現在、体調がイマイチでいつ偏頭痛に襲われるか分からないのだが、もう2ヶ月も前に申し込んでしまったし、2月の東京マラソンもあることなので出走することにした。

 昨夜来、冷たい雨が降りしきり気分もブルーだ。私の家からは30分もあれば富士スピードウェイに着く距離だが、標高が高い分、雪になっていないかが心配だった。幸いなことに朝になると雨も小降りになり空も明るくなり始めた。この大会に出場するのは2年ぶり2回目になる。その時は強い北風と寒さに悩まされたが、高橋尚子選手がゲストランナーで大いに盛り上がった。今年は千葉真子さんがゲストランナーで愛嬌たっぷりに我々ランナーを盛り立ててくれた。

 この大会にはハーフ、10km、5km、3kmという種目がある。本来ならハーフを選択するべきなのだろうが、ハーフだと4週+3km走ることになる。そりゃあ、距離的には行けるが、何と言ったって、同じ所を4回から5回走るのは精神的に辛いし飽きてしまう。私でも何とか長い距離が走れるのは周囲の景色が変わるからだ。そういうことで10kmを選択した。それでもヘアピンを過ぎてからの上り坂は標高差約40mもあって大変厳しい。練習不足がたたって、2年前よりも6分も遅いタイムでゴールした。

 こうした地方の大会は参加者へのちょっとした嬉しいサービスがある。今回は無料で豚汁を頂けたが、寒い中、走った後の胃袋にはその美味しさが格別だ。私には家族がなく市民マラソンにはいつも一人で行っているが、沿道の応援プラスこうしたサービスを受けることで何か心が癒されるのだ。次は2月の青梅マラソン。それまでにちゃんと走り込みが出来るかどうかが問題である。

 

2007年12月21日 (金)

UFOの存在を信じている自分

 18日(火)、政府が「UFOの存在を確認していない」という見解を閣議決定した。また、外国との情報交換や飛来した場合の対応についても何ら行っていないことを発表した。ただ、町村官房長官が個人的にはUFOの存在を信じているなんてコメントしたものだから、あちこちに飛び火しているようだ。

 私が子供の頃、日本テレビの木曜スペシャルという番組の中でよくUFOに関する特集をやっていた。コマーシャルに入る直前の音楽が子供心にはとても怖かった。この番組に感化されてしまいディレクター矢追純一氏の著書は何冊か読んだ。また、ちょうどその頃、「未知との遭遇」なんていう映画も公開されて、私自身はUFOどころか地球外知的生物の存在さえ信じきっている。

 大体、宇宙の果てというのは地球から約150億光年ぐらいだろうと読んだことがある。想像できないくらい膨大な空間だ。この中に地球と同じような環境をもった星が無いはずがないし、仮に違う環境下だとしても知的生命体の存在を否定できない。

 まあ、宇宙戦争みたいなことになるかどうかは分からないけれど、一応、シミュレーションをやっておいても面白いような気がする。ただ、この話が出ただけで”けしからん”なんていう人も多いから、予算をかけてやるなんていうことにはならないだろう。だけど、個人的にはUFOが飛来した時に自衛隊がどういう対応をするのかということには興味がある。たまにはこうした浪漫ある話があっても良いのではないだろうか?

2007年12月19日 (水)

韓国大統領選挙に思うこと

 今日、韓国の大統領選挙が行われ、最大野党ハンナラ党の李明博(イ・ミョンバク)候補が当選確実になったというニュースが流れた。10年ぶりの政権交代になるという。正直言って、今までアメリカの大統領選挙ぐらいは関心があったが、お隣の国でありながら韓国の大統領が誰になろうがあまり関心はなかった。

 ただ、北朝鮮による拉致問題への対応や反日を煽るような現政権の対応に辟易していたこともあって、今回は少し関心を持っていた。新しい政権は今までのように北朝鮮にベッタリということもないらしいので、拉致や核開発などの問題で何らかの変化が見られる可能性があるのではないかと期待してしまう。

 この大統領選の様子をニュースで観ていて、自分の国のトップを直接選挙で選べるというのは何か盛り上がっていいなと少し羨ましく思う。良否は分からないがやはり自分達の意思が直接反映されるという点でそう考えてしまうのかもしれない。政権交代などもドラスティックに起こるから、実態はどうであれ感情的には変化したという実感が得られるのではないだろうか?もっとも隣の芝生は青かったということもあるので何とも言えないが。

 別に民主党の肩を持つわけではないが、いつでも政権交代が可能という緊張感がこの国にあれば、与党もいい加減なことは出来なくなるし、もっと国民を意識した政策が行われるようになるような気がする。自分自身としてはちゃんと国民のためになるような政策を行ってくれる党ならどこでも良いと考えている。

 

2007年12月15日 (土)

結局は他人事なのかなぁ。

 今週になって、年金記録の約4割は照合できないことが発表されたり、薬害C型肝炎訴訟での和解案が示されたりと大きなニュースがあった。ただそれに対してのコメントが福田首相といい舛添大臣といい、何か他人事のように聞こえてしまったのは自分だけだろうか?

 5,000万件のデータ未照合が発覚した時に多くの識者が全部照合することは出来ないだろうと言っていたから、自民党が選挙公約に掲げたとしても自分としては無理だろうと思っていた。まあ私の父でさえそう思っていたのだから、多くのひとは実現不可能と考えていたかもしれない。だから、今回の発表は”やっぱりだな”というのが実感だった。しかしながら、あのコメントにはガッカリさせられる。

 全てを聞いている訳ではなく、ニュース番組等が流したものだけで判断しているので間違ったニュアンスで捉えてしまっているかもしれないが、”そんな事、言ったかなぁ。”、”他の人が大臣でも出来なかった”、”選挙だから・・・”等々、引っ掛かるところを挙げたらキリがない。せめて”これこれこういう公約をしていたけれども残念ながら自分の力及ばず約4割が照合出来なくなりました。申し訳ありません”ぐらいの一言があってもいいのではないだろうか?あれじゃあ、完全に開き直っちゃっている。そして今の時期に発表するということは、選挙前だとまずいので今のうちにガス抜きしておこうという意図も見えてしまう。こういうことがあったから、薬害C型肝炎問題でいくら”最大限の努力”云々言ったところで全く誠意が伝わってこない。

 ただ、この件でいくら首相や厚労相を叩いたところで何も解決しないことは明白だ。何となくその場だけしのげれば良いという空気が見え隠れする。結局は官僚が作ったシナリオに乗せられているだけなのだろう。ここへきてもういろいろな問題が噴出してしまっている。これは明治時代から続く官僚機能が制度疲労を起こしていることが原因ではないだろうか。そろそろ抜本的な改革をしないと本当にこの国は沈没してしまうような気がしてならない。

 

 

2007年12月13日 (木)

映画「マリと子犬の物語」

 先日観たALWAYS続・三丁目の夕日の直前にこの映画の予告編を上映していたが不覚にも涙が溢れてしまった。元来、こうしたあきらかにお涙頂戴物の作品を観ることは遠慮してきたが、最近、心が疲れているせいか何故かとても興味を持ってしまった。3年前の中越地震の実話がベースになっているし、特に子役の女の子がマリと別れるシーンでの迫真の演技はとても心を打ったのだ。

 本編を観る前にWeb等で物語のあらすじは予習してしまったからそんなに感動なんてしないだろうと思っていた。だけど何だろう、最初に子犬が現れるところから胸に詰まらされるものがあった。子役の女の子はとても表情豊かで観ているものを引きつけ感情移入してしまう。そしてマリが何といっても素晴らしい。犬のトレーナーがちゃんと指導しているのだろうけど、地震のシーンでは子犬を小屋に追い込んだり、倒壊した家の隙間をタイミング良く掘ったりと本当に感心する。終盤、女の子との再会のシーンでは、ボロボロになったマリがまるで”何とか生きていたよ”と語りかけているかのようにさえ思え、”よく頑張った”と言葉に出てしまいそうだった。

 震災からまだ3年しか経っておらず、当時のことを思い出すのも嫌だという人も大勢いることだろう。それにもかかわらずこの映画は中越地震を風化させないためにと被災された地元の方もエキストラで参加されているようだ。とても素晴らしいことだと思う。私は幸いにして、今までこうした災害に遭ったことはないが日本に住んでいる以上は覚悟しておかないといけない。あらためて地震の怖さを認識させられたのだった。被災地の1日も早い復興をお祈りいたします。

2007年12月 9日 (日)

怖いマスコミの印象操作

 先週の金曜日、珍しく報道ステーションを観ていたら古館キャスターが「マクドナルドの調理日改ざん問題について視聴者に誤解を与える表現があった」と謝罪していた。番組関係者を証言者として使っていたというのだ。これに似たようなことは以前、TBSの朝ズバでも不二家の件でおこなっている。

 また先日、香川で祖母孫3人が殺害された事件では、ほとんどのTV局が被害者宅の周りをカメラで取り囲み、出てくる父親を執拗に追い掛け回し、まるで父親が犯人であるかのような印象を与える報道をしていた。だから私の周りの人達は概ねそういうことを口にしていた。これらの状況を見て、「マスコミが上手く印象操作すれば白いものも黒くなってしまうんだな」と私は怖くなった。

 少なくとも報道番組は事実のみを伝えて欲しい。ニュースの解説は必要だがコメンテーターと称される人の意見はいらない。印象操作手段のひとつに思えてしまう。今にして思えば「ニュースステーション」以来、報道番組は単なる「ニュース」ではなくて、再現映像や音響効果、コメンテーターの意見等をミックスした「ニュースショー」のような形になってきている。

 堅い報道番組を観易くしているという点はありがたいことではあるが、最近はちょっと行き過ぎの感が否めない。結局は視聴率競争が根本に存在するからなのだろうが、マスコミの権力は絶大なものがあるので報道番組に視聴率競争を持ち込むのは止めて欲しいと思う。そして我々、視聴者も報道されたものを鵜呑みにしないということも必要なことなのではないだろうか。

 

2007年12月 6日 (木)

何とかならないか、この渋滞

 年末が近づくとあちこちで道路工事だの電気工事が目立ち、田舎住まいの私でさえ、よく渋滞に嵌ってしまう。酷い所は同じ道で3kmぐらいの間に4箇所も片側交互通行にしている。その道を避けて回り道をしたらそこでも工事をやっていたりする。そんな中、車でラジオを聴いていると、公共機関のような所が「年末は工事を○○%減らしています・・・」なんていうCMを流したりするものだから頭にきてしまう。

 おそらく昔は寒い地方からの出稼ぎ労働者に配慮して、11月中旬ぐらいから年末にかけて道路工事などの公共事業を増やしたのではないかと思う。私も父親から出稼ぎの話を聞いたことがあるので、それは確かに意味のあることだったのかもしれないが、何でもかんでも道路工事というのはどうだろう。私にしてみれば”何で今、この工事をやらなきゃいけないの?”と思えるものも多い。同じ工事なら護岸工事や農業、漁業関係の工事だってあるはずだ。

 私は道路工事自体を否定するわけではない。補修しないと事故に繋がる可能性もあるし、舗装だって快適に走るためには必要だ。だけど何もこの時期に集中させることはないだろうと思っているだけだ。年末、年度末は皆、忙しい。だからせめて道路はスイスイ走れるようにして欲しいのだ。

 結局はお役所次第ということになってしまうのだが、この習慣は何とか変えられないのだろうか、もっと均等に割り振ることはできないのだろうか、疑問でならない。まあ、私の知らないところでいろいろな繋がりや取り決めが存在していて、誰がどう批判したとしてもうやむやにされてしまうのだろうけど、もうちょっと道路利用者の身になってくれたって良いと思うのだ。イライラは続く。

2007年12月 4日 (火)

手に汗握った夜

 ここのところ体調不良(頭痛)が続いていてこのブログも疎かになっていた。医者に診てもらったところ血圧が高いということが分かり、薬を飲んで対処している。もともと高血圧体質なところにランニング不足からの体重増、仕事上のストレス、そして気温の低さが影響しているらしい。昨日の流行語大賞ではないけれど”どげんかせんといかん”状況になってきた。(笑)

 自分の停滞ムードを一転させる起爆剤となったのが野球の北京五輪予選だ。野球を観てこんなに興奮したのは久しぶりのことである。何といってもこの緊迫感は堪らないものがあった。日本では一流の選手がまるで高校野球のごとくプレーする。その真剣さは画面を通してダイレクトに伝わってきた。終った後も興奮してなかなか寝付けなかった。ただ、少し水を差したのは、実況のアナウンサーが「負けたら・・・・」を繰り返していたことぐらいか。

 最近、私自身、プロ野球というものをあまり観なくなった。ジャイアンツの成績が振るわなくなってきたことに加えて、一流選手がすぐMLBに行ってしまうことやサッカーなど他のスポーツも面白いと思えるようになったから、何となく飽きてしまったのだ。でも、一昨日、昨日とあの息詰まる試合を観て野球というスポーツの面白さを再認識した。

  

 

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