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2008年6月13日 (金)

何が人の良心を奪ったのか。        (秋葉原通り魔殺傷事件)

 6月8日に起こった秋葉原通り魔殺傷事件、この5日間、いろいろなことをずっと考えてしまった。この男の犯行は絶対に許されることではないし極刑にしか値しない。何も罪のない人が命を断たれたり、傷害を負わされたりすることを誰が許すだろうか。ただ、犯人の携帯サイトへの書き込みなどから、今回の事件は今、日本のおかれている社会が如何に病んでいるかをあらためて感じさせた。

 特に昨今よく言われる「勝ち組、負け組」などの風潮はそれに拍車をかけているのかもしれない。国は強者はさらに強く、弱者はより弱くなるような政策を実行する。マスコミはセレブやイケメンをあたかも世の勝者のように取り上げもてはやす。しかも一度負け組になってしまうとなかなか這い上がれない。努力すれば必ず報われるという時代ではなくなってしまったのだ。そして将来に悲観して自殺する人だって9年連続で3万人を越えているという異常な状況が続いている。こうした社会の歪がこの事件の根底に潜んでいることは間違いない。

 誰だって生い立ちや今置かれている境遇といったようなもので、将来を悲観したり、絶望したり、時には自暴自棄になることはある。もちろん孤独感を深めて自殺を考えてしまうことだってあるだろう。そのために社会環境に恨みを持つこともある。 私自身、この男の恐れる「中年、独身、6畳一間暮らし、将来は不透明」を地で行くのだから、少なからず世の不条理を常に感じているのだ。それでもほとんどの人がそうであるように、人としての最低限の良心があるから一線は越えられない。

 この男だってこの良心がもともと無かった訳ではないと思う。だから何がそれを壊してしまったのかをちゃんと分析し、対策が取られなければ、いつまでたってもこのような卑劣な犯罪はなくならないと思う。最後に亡くなられた方のご冥福をお祈りすると共に今、病床にある方の一刻も早い回復を願う。 

 

 

 

 

 

 

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