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2011年6月

2011年6月29日 (水)

公職選挙法-いつになったらネットが解禁になるのか?

 日本はITに法制度が追いついていないということは多々言われる。公職選挙法もそうだ。他の先進国では、HPやSNSを使った選挙活動が認められているのに、この国では旧態依然たる制度を続けている。朝、駅の前に立って挨拶をし、8時になると選挙カーで回り始めたり、選挙区内で演説したりという光景が、ずーっと続いてきた。

 昼間、家にいる人は限られているし、夜だって、あえて政治家の話を聞きに行くのは相当熱心な人か、あるいは付き合い上、仕方なくという人のような気がする。(そうじゃない、っていう人には申し訳ない)。だから、候補者の人柄や政策なんてほとんど知らないまま投票っていうパターンが多くなるんじゃないだろうか。

 そういうことを考えれば、HP、ブログ、Twitter、facebook、mixiのようなものを使って情報発信することは有意義なことだ。質疑応答だって簡単に出来る。選挙になかなか行かないと言われる若者にも何らかの形で情報は入ってくるはずだ。投票率だって上がるかもしれない。

 ネットを活用した選挙活動については、オバマ大統領がTwitterを使って選挙を優位に進めたといわれる以前から言われてきた。だけど、たいてい妨害が入る。特にマスコミが頻繁に取り上げるのは”なりすまし”や”ネガティブ情報の流布”。

 ”なりすまし”だって、政党が公認したり、あるいは選挙管理委員会にアカウントを届けることで大方防げるし、ネガティブ情報の流布なんて、ネットじゃなくたって中傷ビラなんて良くある話だ。ビラだと誰が元締めだかよく分からないが、ネットならある程度は発信源を特定できるから取締りやすいような気もする。

 結局は難癖をつけて、新しい方法をさせないという意向が高いとしか思えない。おそらくはネットのことがよく分からない人達が何とかそれを阻止しようとしているのだろう。今、菅総理が「小泉郵政選挙を倣って、脱原発選挙をやるんじゃないか」ということが、まことしやかに流れている。どんなに遅くても2年以内には総選挙はある。さっさと法律を改正して、いい加減、ネット活用後進国から離脱することを望みたいものだ。

2011年6月27日 (月)

今年の酒匂川は釣り人が少ないなぁ(寂)。

 私が普段ジョギングをするのによく使っているのが酒匂川サイクリングコースだ。片道10㎞ぐらいはある。高低差は少ないし信号もないので自転車さえ注意すれば良いから、土日は結構走っている人がいる。もっと私はヘタレランナーなので全行程を走るのは数か月に一回程度なのだが・・・。

 横を流れている酒匂川は昔から鮎釣りの盛んなところで、まだ東海道線が御殿場経由で走っていたころには、鮎寿司が山北駅でも売られていたようだ。私も中学を卒業するくらいまでは、時間があれば鮎釣りに行っていた。6月1日が解禁で、土日になると、サイクリングコースからは大勢の釣り人が竿を操っている風景が目に映る。

 だけど今年はその風景が一変した。昨日も軽く走ったが、コースの起点から3㎞ぐらいまでで2~3人しかいない。大雨が降って川が増水しているなら仕方ないが、こんなに人が少ないのは見たことがない。鮎だって、漁協がちゃんと放流しているはずなのになぜだろうか。

 原因の一つとして去年の9月、西丹沢から小山町にかけて集中豪雨が上げられる。特に酒匂川に流れ込む鮎沢川の支流で土砂崩れが多く発生した。そのためにずっと水は濁ったままになり鮎が食べる苔が石に付着しにくかったらしい。それが原因で鮎の生育に支障が出たのであまり釣れないのではないかという話だ。

 もう一つ考えられるのが放射能の影響だ。この辺一帯山地では足柄茶の栽培をしている。ニュースでも明らかになったように、基準値以上の放射性セシウムが検出され出荷できない事態に追い込まれている。果たして川は大丈夫なのか?鮎はちゃんと検査したのか?これがよく分からない。こうしたことも釣り人を遠ざけている可能性は否定できない。

 これらは推測にすぎないけれど、いずれにせよ夏の風物詩が見られないのは寂しいものだ。

 

2011年6月25日 (土)

【ブログ更新】そうか、あれはUHFコンバーターだったんだ!

 今日、地上デジタルチューナーを買ってきて取り付けた。当初は地デジ対応薄型テレビを買おうと思っていた。だけど普段あまりテレビを観なくなったし経済的にも厳しいので、チューナーを選択することにしたのだ。予想以上に簡単に取り付けられたし映りも良い。これで十分だ。

 取り付け終わって、ふと昔のテレビのことを思い出した。今から40年ぐらい前、家のテレビは当然白黒で、薄くて青いプラスチック製の半透明のカバーみたいなものが付いていた。そして、テレビの上には、今日取り付けたような四角い箱があって、それでチャンネルを変えていた。確かコンバーターって言っていたような気がした。

 あれが何だったのか気になって調べた。こういう時、インターネットはすごく便利だ。だけど、ただ単に「コンバーター」でググると、たいてい「PCの映像をTVで見るための装置」というのがいろいろ出てくる。画像を見てもこれじゃない。悔しいのでいろいろ検索しているうちに見つけたよ。「UHFコンバーター」だ。

 当時はテレビがUHF対応出来てなかったらしい。我が家のような田舎はUHFなので、その装置を付けてVHFに変換しないと見られなかったのだ。ラジオのようにつまみを回してチャンネル合わせをするんだから上手く合わせるのが難しかったような気がする。そうだ、それが何か恥ずかしかった。小学校中学年の頃にはダイヤル式に変わったのかなぁ。その辺の記憶は曖昧だが、気が付いたらリモコン式になっていた。

 UHF=田舎、だとばかり思っていたけど、地デジになったら都会の人達がUHFに替える事態になるとは・・・。何となく抱いていた劣等感から解放されたような気がする(笑)。

 

2011年6月24日 (金)

ADSL修理顛末記。やっと私も光の道へ。

  今は比較的サクサク繋がっているけれど、2、3日前からインターネット接続が頻繁に途切れて困っていた。よく考えてみたらもっと前から昼間は繋がりにくかった。ITコーディネータなんて肩書も持っているから、ADSLの特性は少しは理解していたけれど原因を探るべくいろいろ調べた。 

 とにかくADSLはいろいろなノイズを拾ってしまうデリケートなものだ。だから、モジュラージャックからモデムまではツイストペアでノイズケアの付いたコードに取り換えた。そして、モデムも出来るだけモジュラージャックに近い所に置いた。それから、3時間もかけウイルスチェックをやった。だけど、一向に好転しない。仕方なくサービスにメールしたところ、すぐに反応があり、今日、修理する人が来てくれた。(おお、素早い対応!)

 まずは外にある保安器をADSL対応の物と替え、そして、モジュラジャックも替えた。そうしたら、サクサク繋がるようになった。おお、素晴らしい。ただ、その人は意味深なことを言って帰った。「モジュラージャックにガス機器関係の配線も繋がっている。ひょっとしたら、これが影響してるかもしれない」と。そして、「これで様子をみて駄目だったら、また連絡を下さい」ということになった。帰った後は、サクサク繋がる繋がる。「やっぱり違うなぁ」なんて思っていたら30分後、また、元の木阿弥に。仕方なくもう一度電話(リンリン)。

 ガス会社にも連絡を取って、その配線も切断してもらった。その途端、スピードも上がって満足していたのに、またしても30分後、元の木阿弥に。またまた来てもらう。3度目だ。何か申し訳ない気分。あと改善する余地は建物内部の配線を取り換えることぐらいしかないということになった。それでもちゃんと繋がるかどうかはやってみないと分からないらしい。今までは絶妙なタイミングで繋がっていたんだ。

 このアパートは古いし、アパートごと光回線には出来ないだろうと思っていたら、高くなるけど戸別タイプなら接続できるということが分かった。しかも独自に引いている部屋もあるらしい。調べてみたら料金的にも初期割引があるので、今とほとんど変わらないじゃないか。今まで悩んでいたのは何だったんだ。早速、光に替えることにした。ちょっと高くはなるけれど、これでサクサク繋がるなら安いもんだ。悩みも解消してスッキリできた一日だった。

 

2011年6月23日 (木)

節電は大切だけど…、マスコミに告ぐ「隗より始めよ」。

  311の震災後、原発事故でこの夏の電力不足が懸念されている。大手マスコミは一斉に節電キャンペーンを行い、節電しない奴は「非国民」のような印象を植え付けている。「まるで戦時中だな」と戦前生まれの親父は皮肉交じりに笑っている。

 確かに節電は必要で、今まで湯水のように電気を使ってきた生活を見直すことは良いことだ。だけど裏を返せば、原発が無いから電気が不足するんだというキャンペーンにも受け取れる。原発の是非についてはともかくとして、まずキャンペーンを張っている大手マスコミがどんな節電対策をやっているのかを教えて欲しいものだ。

 そもそも電力が不足するのは真夏の午後の数時間、この間をどう乗り切るかなんじゃないのか。だったら、まずテレビ局は午後の放送を中止して節電のアピールをすれば良い。NHKだってBS2は停波してるんだから、民放だってやればできるだろう。ラジオは何かあった時の為に必要だが、テレビ放送していなければ、テレビをつける人もいなくなるのだから、それでも節電につながるはずだ。

 それから新聞社だって夏の期間だけでも夕刊を止めれば、製作、印刷、配達等々のところで相当、節電効果が期待できるのではないだろうか。夕刊分の料金が下がれば、ビールの1本も多く買う人が出て、経済効果があがるかもしれない(笑)。

 一般企業は独自にサマータイムを設けたり、スーパークールビズを推奨したり、在宅勤務の比率を上げたり、夏休みを長くしたり、いろいろ工夫している。だけど、こと某テレビ局に至っては、節電、節電と言っておきながら、27時間TVとか24時間TVなんていう番組を復興名目に平気でやろうとしている。ダブルスタンダードではないのか。猛省を促したい。

2011年6月21日 (火)

石川選手に贈りたい言葉。「虎穴に入らずんば虎児を得ず」

   石川遼選手がアメリカから帰国した。世界で一番過酷なセッティングのなか行われる全米オープンで2年連続予選を通過し、昨年より順位を上げたのだから成績的にはOKなのかもしれない。ただ、優勝したマキロイは石川より3つしか違わない。しかも、2位と大差をつけて独走したことを考えると、やはり悔しい思いをしたに違いない。それが「世界との差を痛感した」という言葉になったのだろう。

 私は自分が生きているうちに、日本人選手がメジャー大会で優勝して欲しいと願っている。今、その可能性が一番あるのは間違いなく石川選手だ。まだ19歳と若いしスター性も持っている。ただ不足しているのは経験だ。テレビで映し出されるメジャーのコースは日本にはない。気象条件も全然違う。世界で戦うためには、向こうの環境に順応しないと通用しないのではないだろうか。

 今のように日本ツアーを主戦場において、メジャーの時だけ出向くというようでは優勝することは厳しいはずだ。だから早くPGAツアーに参戦し、日本では出来ない経験を一杯積んで欲しいのだ。女子プロの宮里藍だって苦労をしたけど、ようやくその才能が開花し始めた。一朝一夕にはいかないんだ。こんなことは本人だって分かっているだろう。

 問題はスポンサーや日本ツアー関係者がどう反応するかだ。日本ツアーなんて石川選手がメインで集客しているようなものだし、TVの視聴率だって彼が出場するかどうかで大きく数字が違ってくる。スポンサーも世界的な企業であるパナソニックだけなら良いだろうが、日本向けに宣伝したい企業はPGAツアーにフル出場されたら意味がない。もう、がんじがらめになっているような気がしてならない。

 でもそれでいいのか。せっかく世界で光り輝く素質がありながら、このままだと井の中の蛙で終わってしまいかねない。いろいろな障害はあるだろうが、まだ若いのだから少しぐらい我がままを言ってでも、PGAツアーに挑戦して欲しいものだ。

2011年6月20日 (月)

昨日のリベンジを果たすため、早速、2レースにエントリー。

  昨日のレースは練習のつもりで出たのだが、あまりにも惨めな思いをした。故障続きで走り込めなかったのが原因だが、それはあくまで言い訳に過ぎない。とにかく自分は怠け者なので、何か目標を作っておかないとモチベーションが保てない。既に8月の富士吉田火祭りロードレース10㎞の部にもエントリーしているが、今日からエントリーが始まった2つのレースにも早速エントリーした。 一つは9月18日の「山梨市巨峰の丘マラソン10㎞の部」、二つ目は10月16日の「甲州フルーツマラソン、ハーフの部」だ。

 山梨で行われる大会ばかり出ているが、悪くても家から車で2時間あれば行けるし規模もそれほど大きくなくアットホームな雰囲気で走れるのが良い。それから巨峰の丘マラソン、フルーツマラソン共に、その土地ならではの特色があるのも魅力だ。

 巨峰の丘マラソンはゴール後、巨峰のサービスがあるし参加賞が巨峰だ。会場近くのぶどう農家では巨峰の販売もしてるし試食も出来る。上手くやれば、ひと房ぐらい食べれちゃうかもしれない。個人的にはぶどうはあまり好きではなかったが、ここで食べてからは食わず嫌いだったことを反省したくらいだ。

 甲州フルーツマラソンは、以前、勝沼ぶどう郷マラソンと言われていた。平成の大合併で周辺市町村が合併したことと、大菩薩マラソンも一緒に行うということで、昨年から名称が変わったのだ。勝沼と言えば、日本でも有数のワインの産地。会場にはいろいろなワイナリーのテントが並び販売している。ゴール後にはぶどうジュースやワインがふるまわれるし、参加賞にもハーフボトルのワインがついている。酒飲みには何とも嬉しい大会なのだが、毎回、車で行くから会場では飲めないのが残念である。また、この大会はお弁当(インスタント味噌汁付)も出るので、参加費3,500円は凄く得した気分になれるのだ。

 ただし、この2つの大会、コースは非常にハードだ。まあ私のようなランナーにはアップダウンが厳しくて泣きそうになる。巨峰の丘マラソンなんて、あまりの勾配のきつさに僅か3㎞で歩いてしまった。フルーツマラソンの方も似たようなもので、最初に走った時には泣きが入った(笑)。その代わり、両大会とも甲府盆地を見渡す高台を走るので眺望は素晴らしい。

 本当は脚がちゃんと治って練習が順調に行き始めたところでエントリーしたいところなのだが、先日もブログに書いた通り、ちょっと遅れると定員オーバーなんてことにもなりかねないから仕方ない。とにかく目標を決めたのだから、怪我の再発に注意しながら頑張ろうっと。

2011年6月19日 (日)

本当に辛かった、西湖ロードレース20㎞(湖2周)。

  最初から言い訳になってしまうけど、正直言って、西湖ロードレースに出場するかどうか昨日まで迷っていた。左ふくらはぎと右アキレス腱の違和感が、木曜日のリハビリでも解消されなかったからだ。それと3週間前に走った山中湖以来、10㎞以上の距離を走っていないこともある。雨が降ってくれれば、少しは自分自身に対して言い訳ができるのだが、こういう時に限って雨にならない。再発の恐怖に晒されながら現地へと向かった。

 西湖ロードレースは4年ぐらい前に1度出場したことがある。その時も梅雨時なのに時折、富士山が見える天候に恵まれ、また、コース自体もスタート付近と最後1㎞の上り坂を除けば、そんなにアップダウンがきつくない走りやすいコースだった。

 まあ、今日のところはLSDのつもりでゆっくり走って、途中で脚に違和感が出たら棄権しようという気楽な気分で参加した。時計もしてないからタイムなんて全く気にならない。たまには大勢の人の中で走るのも楽しいものだ。だけど、そんな呑気なことを言ってられるのも1週だけだった。

 何とか周回遅れは回避し2周目に入ったら、体が鉛のように重くなってきた。左ふくらはぎはサポーターをして固めてあるのにピクピクしている。とうとう耐えきれず歩いてしまった。一度、歩いてしまうと、気持ちを切り替えるのが難しい。歩いては走り、また歩いては走りを繰り返しながら、距離表示を恨めしく眺める。アップダウンはきつくないけれど、コースは曲がりくねっているので、中々先が見えない。ブラインドカーブを曲がると、一瞬開けた先にまたブラインドカーブが待っている。

 そして、ようやく2周目が終わり最後の上り坂。もう走る気力なんて残っていない。既に走り終わった人達が、ゴール会場から降りてきて声援を送ってくれるが、返す余裕がない。ただ、最後の200mぐらいは少し勾配が緩くなったので、そこだけは走って一人だけ抜いた。何とも姑息な手段である(爆)。ゴール後、抜いた女性から「最後は速かったですねぇ。とても追いつけませんでしたよ」なんて言われ、とても恥ずかしかった。

 今回、このようにボロボロの状態でゴールすることは覚悟していた。3月肉離れを起こしてから満足に走れず、ただでさえ重い体重なのに5㎏も増えてしまって、さらに脚に負担をかけるという悪循環に陥っているからだ。3週間前の山中湖はたまたま脚の状態が良かったから歩かずゴールできただけで、今の実力はこんなものなのだ。

 「なかなか脚も完治しないので、もう走るのは止めてしまおうか」とレース中は頭をよぎるんだけど、途中歩いてしまいヘロヘロになっても、ゴールゲートをくぐると「次のレースこそはリベンジしよう」という気持ちに変わってしまう。馬鹿だな俺(笑)。こんな私を支えてくれたボランティアの皆さんに感謝して、今夜はぐっすり眠ろうと思う。

 

 

2011年6月18日 (土)

「フランスに空輸された静岡茶から規制値以上の放射性セシウムが検出された」というニュースを聞いて思うこと。

  フランスに空輸された静岡県の茶葉から規制値を超える放射性セシウムが検出され廃棄処分となった。今までは静岡産のものは対象外だったらしいが、これからは検査が強化されるようだ。

 私の住んでいる地域の足柄茶の生葉から規制値以上の放射性セシウムが検出された時、静岡県は検査を拒否した。お茶は基本的に食べる物ではなく、お湯で薄めて飲むのだから他の農産物と同じ基準はおかしいし健康上問題ないという理由だ。神奈川県でも同じような主張をしていた。(今は荒茶等も含めてちゃんと検査しているかもしれない)

 確かに県側の主張は間違ってないと思うし、1日数杯飲む分には当面、健康被害は出ないだろう。しかしながら、消費者側の視点で見れば、普通なら入っていないものが混ざっていて、それがどう健康被害を及ぼすか見当もつかないという不安が拭えない限り、購買意欲が減少することはやむを得ないことだ。

 しかも政府が原発事故について情報隠ぺいを行い、現在、出されている情報はどこまで信じていいか疑心暗鬼に陥っている状況で、何の検査もせずに安全安心を連呼されても誰が信じるだろう。静岡の場合、業者が調べた数値でさえHP上での公表を阻んだ事実もあるからなおさらだ。

 何の落ち度もない農家の方々が、このような仕打ちに遭うことは本当に気の毒で言葉にならない。おそらく茶畑を深刈り除染して次の生産に望みを託すことになってしまうのだろう。こんなふうに原発事故の影響がじわりじわりと広がっていくのは何とも痛ましい。一刻も早く補償を行って欲しい。そして世界の叡智を集めてオープンな形での事故収束を望む。

 

2011年6月17日 (金)

震災復興に名を借りた東京オリンピック誘致は止めて欲しい。

  今日、石原都知事が東京都議会の所信表明で東京オリンピック誘致を口にした。2016年の誘致活動に150億円もの大金を使って失敗したのに、性懲りもなくまた誘致活動をするのか。しかも、会見では震災云々を話していたようだけど、それを利用するなと言いたい。

 私は石原都知事が東京マラソンを強引にでも開催したことには感謝している。また、ディーゼル車の排ガス規制にも拍手した。だけど、それ以外の新銀行東京問題とか築地移転問題、今回の震災に対する”天罰”発言には憤りを覚える。4月の都知事選だって、間際まで出ないと言っておきながら出馬し当選した。都民はなんて寛大なんだろう。

 今回の震災や原発事故で身に染みて分かったことは、東京の繁栄は地方の犠牲の上になりたっている点が多いということだ。確かに原発を誘致した自治体には補助金等が下りて一時的に潤ったかもしれないけど、全く関係がない地域でも避難せざるをえなくなった人達が大勢いる。住む土地や仕事を奪われ放射線に曝され発がんのリスクさえ高まった。こんな人達がいるのに「天罰」とまで言ったんだ。

 そして今日発言したオリンピック誘致。正直がっかりした。まだ震災復興や原発事故収束の目途すら立たないのに、このタイミングで話す必要があるだろうか。そんなにオリンピックが招致したいなら東京が資金的な援助をして、仙台を拠点に東北開催を目指すというなら歓迎する。だけど、あくまでも東京開催に固執するのならエゴの固まりのように感じてしまう。東京だけ潤えば良いのだろうか。よく考えて欲しい。

 

2011年6月16日 (木)

今度は「特定避難勧奨地点」か。原発事故はどこまで人を傷つけるんだろう。

 今日、政府は計画的避難区域の外でも20mSv/yを越えるホットスポットがあるとして、「特定避難勧奨地点」という場所を指定し、避難を推奨・支援するとした。先月ボランティアに行った南相馬市の一部も含まれている。南相馬市原町区大原、泊まっていた所から車で10分ぐらいの所だ。何回か通ったので感慨深い。

 この辺りは地震の被害が少ない。瓦屋根の部分が壊れているのがちらほら目につく程度だ。通過したのは夜か朝だったので、人影を見かけることはなかったが生活感はあった。飯館村に近い所だったので放射線量は少し気になったが、非難しなければならないほど高いとは思わなかった。住んでいる方々にはかける言葉が見つからない。

 今回の原発事故が起こってから、原子力や放射能について自分なりにいろいろ勉強した。人に影響を与える放射線量も学者によって幅があり、どれを信用していいかどうか分からない。ただ言えることは”出来るだけ浴びない方が良い”ということと”細胞分裂が盛んな子供達は放射線に対する影響が大人より高い”ということは間違いない。正直言って、基準値がチェルノブイリの4倍の20mSv/yなんて狂ってる。だから、辛い現実ではあるが避難して頂きたい。

 住む場所を奪われ仕事も奪われる。県道脇で飼育されていた牛は避難できるのか。子供たちはどうするのか。しかもいつ戻れるか分からない。ひょっとしたら永久に戻れないかも知れない。それに対する保証はちゃんとされるのか。私がその立場に立ったらどんなに落胆するだろう。

 先日、相馬市の酪農家が前途を悲観して自殺した。こういう悲劇は絶対、繰り返されてはいけない。原発は国策としてやってきたんだから、もっときめ細やかな対応をすべきなのに、南相馬市には国の役人すら常駐していないという。国会議員は政局に興じて予算執行を遅らせているし、国民の生命と財産を守るという国家としての基本すら出来ていないじゃないか。国会議員の全員がこの地に行って、実情を感じて、この人達の立場に立った政治を行うこと望む。

*コメント頂きたいのはやまやまですが、卑猥なコメントが書き込まれることが多いので止めています。申し訳ありません。twitter:@masafumi0428に返信頂けるとありがたいです。

 

 

 

 

 

2011年6月14日 (火)

「新潟の浦佐スキー場、来季の営業休止」のニュースを知って思うこと

 私が最後にスキー場に行ったのは今から15年も前になる。高校1年に始めて、大学時代、サークルには入っていなかったけれど、夏はバイト三昧でスキーシーズンになると、少なくとも20日間ぐらいは行って滑っていた。その甲斐もあって大学4年の時にはSAJの1級を取得した。

 社会人になって近隣のクラブにも入り2~3年は続けていたものの、私の技術レベルでは他の方についていくのがやっとだった。上手くなるためにはもっと滑り込まなければならないのに仕事が多忙になるにつれて億劫になり、ゴルフをやり始めたと同時に熱は冷めてしまった。それから年に1回ぐらい滑ったこともあったが、30歳を過ぎたあたりからめっきり体力も落ち、良き帰りの行程も辛くなり行かなくなってしまったのだ。

 浦佐スキー場と言えば、ゲレンデ自体は小さいが平沢先生というSAJの重鎮が校長を務めていたスキースクールは有名だった。浦佐道場などと呼ばれ、同じSAJ1級でもここで取得するのと他で取得するのとでは箔が違っていた。私は軟弱だったので別のスキースクールで取得したが、やはり浦佐の話を聞くと少し後ろめたい気がしたものだった。

 少子高齢化が進み多種多様なレジャーが出来るようになったからか、スキー人口がピーク時から3分の1にまで減り、各地のスキー場もどんどん閉鎖していった。時代の流れと言えば仕方ないことかもしれないが、一時期スキーでならした自分にとっては寂しいニュースとなってしまった。

  

2011年6月13日 (月)

深夜の予選会!エントリーするのも一苦労になった市民マラソン

  昨夜10時、湘南国際マラソンのエントリーが始まり、朝9時半には約2万人の定員を越え打ち切られた。インターネットで申し込むのだが、なかなか順番が回ってこないで夜中にやっと繋がってエントリー出来たという人も多い。まるで予選会。今、大都市圏近くで行われる少し人気の高い市民マラソン大会では走る以前にエントリーできるかどうかという切実な問題がある。

 私が市民マラソンに参加しはじめた8年前は、エントリー最終日だって申し込める大会がほとんどだった。例えば、11月末の大会だって1ヵ月前のエントリー日ギリギリでも間に合ったし、それでも定員オーバーなんて大会はあまり見たことがなかった。

 ところが2007年に東京マラソンが始まってから状況は一変した。フルマラソンは制限時間7時間、しかも普段なら絶対走れない都心を走れる。沿道には幾重にも応援の人達が溢れる。箱根駅伝やオリンピックに出ているような気分になれる。幸運にも第1回と2回に出場できたが、遅い私でさえ、あの快感は堪らないものがある。

 テレビでは一般人が楽しそうに走り充実感みなぎるゴールシーンが映される。フルマラソンに対する心理的ハードルが一気に下がったのは言うまでもない。今年の東京マラソンのエントリー倍率は約9倍と垂涎の的となった。それに呼応するかのように、大都市フルマラソンも奈良、大阪、神戸、京都、名古屋(フルは女性のみ)と次々と生まれ始めた。

 またフルマラソンだけではなく、各地で行われるハーフや10㎞の大会も盛況を迎えて定員オーバーの大会も続々と出てくるようになったのだ。もはや人気が高く先着順でエントリーする大会は、まるで人気ミュージシャンのコンサートチケットと取るような感じになっている。(市民マラソンバブルにならなければいいが・・・。)

 ランナー人口が増えることは良いと思っているけれど、個人的にはなかなか辛いものがある。申し込み期日が早くなり見切りでエントリーせざるを得ないから、大会までの間に怪我や体調不良になったり、急に用事が入ったりして棄権する確率も増えてきたのだ。まあ、それを見越してちゃんと準備しろと言われればそれまでだが・・・。

 今回、湘南国際は出るつもりがなかったからいいが、出場したいと思う大会に先着順で決められるのは悲しい。公平性という面だと、これから抽選で決める大会が増えていくと思われる。ただ、そうなると余計な作業が加わる分だけエントリーフィが高くなるかもしれない。なかなか大変な時代になったもんだ。

 

 

2011年6月12日 (日)

国会のペーパーレス化は出来ないのか?

震災後、国会中継を見る機会が増えた。そこで気になるのが、皆、資料は紙ベースという点だ。質問関係の書類、図などはフリップを使っている。多分、これらの資料はパソコンを使って議員が指示して秘書さんたちが作って、それを役人が人数分コピーしているんだろう。

 国会の資料って紙じゃなきゃいけないのか?法律でそう定められてるんなら仕方ないけど、かなり無駄な気がする。まずコピー部数は膨大な量になるだろうし、それを作業する人間だって何人か必要だろう。それと受け取った側だって、すぐに捨てる訳にはいかないから、ファイルにして保管しているはずだ。そして、それは頻繁に読み返されることもないと思う。

こういう時こそITの出番じゃないか。パソコンを使えない議員もいるだろうから、iPadのような端末を渡して、資料なんかはそれに配信しちゃえば良い。資料の文字は細かくて老眼には辛いけど、指2本で簡単に拡大出来るし、写真、図表、さらには動画まで見れる。それらの資料は国会のサーバーにでも保管しておいていつでも検索できるようにしておけば、管理も簡単だ。

 視聴者向けにはそれをプロジェクター投影して見せても良いし、テレビ画面上を分割して見せれば良い。どうしても紙じゃなきゃダメだって言う議員には、秘書さんが必要な分だけプリントアウトすれば済む話。これで相当のコストダウンにつながるはずだ。おそらく、こんなことは多かれ少なかれ多くの企業や役所だってやっているのに、何で国会はやらないんだろうか?不思議でならない。仮に法律で義務付けられているのなら、それを改正しても取り組むべきだと思う。

 

2011年6月10日 (金)

悲しい現実:東日本大震災のボランティアが阪神大震災の3分の1?

 明日で震災から3か月経つが、毎日新聞にこんな記事が載った。「東日本大震災のボランティアが阪神大震災の3分の1(http://bit.ly/jcqYLw)」。阪神の時は震災後3か月で約120万人だったのに、東日本は約40万人だということである。

 今回の震災はあまりにも甚大で、私のように初めて災害ボランティアに行った人も多いと思っていただけに、この数字には少し驚いた。しかも、今回はボランティア活動が円滑に進むように担当補佐官まで起用していたのに、どういうことだろうか?いろいろ原因はあるだろうが率直に思ったことを書いてみたい。

 阪神の時の教訓からか、ボランティア志望の方々に「今は行ける状態じゃない、専門家に任せるべきだ!」っていうアナウンスがマスコミを通じて繰り返された。確かに3月の時点ではガソリンも供給不足、泊まる場所や食料の確保も困難、ボランティアセンターの設置も遅れがあって、とても素人が入れる状況ではなかったように思う。

 ただ、ボランティアセンターが設置されてからも、県外は受け付けないっていうアナウンスが多かった。また、ネットなどでは過去のボランティアの悪行みたいなことが流布された。行こうと思っていた人の腰を折ったのは言うまでもない。

 私もブログに書いたが、とにかくボランティアに行くにはハードルが高い。気持ちはあってもなかなか行動できない人が多いんだと思う。とにかく先月南相馬に行った印象ではボランティアはまだまだ必要なことは言うまでもない。だから、せめて交通費や寝泊りする所を支援し、ボランティアへのハードルを低くすることが必要だ。国会もマスコミも政局に明け暮れるんじゃなくて、こういうことにも目を向けて欲しいものだ。

2011年6月 9日 (木)

ボールが違っただけで、こんなに野球って変わるんだ。

 昨日、日ハムのダルビッシュが3連続完封勝利を上げた。しかも、最少得点差で、44イニング連続無失点とか。もう凄すぎる。

 今年は震災があり、開幕前にはセ・リーグのごり押しが見え隠れして、プロ野球というものに嫌気がさしていた。その上、地上波ではほとんど放映されないし、ボールカウントもSBOじゃなくてBSOの順番になって何となく馴染めない。せいぜいradikoで聞いたり新聞サイトで途中経過を見る程度だった。

 今年、ボールが変わって以前のように飛ばなくなったという。だから、巨人のようにホームラン主体で得点してきたチームは厳しいだろうとは思っていた。だけど、こんなに投手有利な展開になるとは予想もつかなかった。パ・リーグの投手なんて防御率1点台が10人以上もいる。しかも、ロースコアの試合が多い。これだと1点の重さが大きくなり、緻密な作戦が勝負を決することになる。

 まあ試合は緊迫して良いんだろうけど、何かイマイチ、ワクワク感がないのはなぜだろう。ただ単にこういう野球に慣れてこなかったからか、巨人がなかなか勝てないからか、自分でもよく分からない。インフレ麻雀が競技麻雀に変わったと思って、楽しみ方を変えていく必要があるのかもしれない。

 

2011年6月 8日 (水)

東北地方の高速無料化って、復興目的じゃないのか?

国土交通省が20日から被災者向けに東北地方の高速道路を無料化するけれど、被災・罹災証明や本人確認が必要になると発表した。

 私には「単に被災者のために無料化しましたよ!」っていうパフォーマンスにしかみえない。だいたい今回の無料化って何のためにやるのか。復興目的じゃないのか。被災証明が出る家庭は津波の被害を受け、命からがら避難した人たちが多いだろう。そういう方々が高速道路を使って遠出をする機会がどれだけあるだろうか?しかも、免許証や身分証明書だって紛失してしまった方だってかなりいる筈で、こういう方々にはすぐ証明書を発行してくれるのか、はなはだ疑問だ。

 東北地方は津波の被害を受けた地域だけではなく、被害の無い地域も観光客の減少が続いている。この夏休みだって、このままだと以前のように観光客は行かないだろう。私はてっきり、多くの人が東北地方に行き、お金を落とし、地域経済の活性化に繋げるための無料化で、東北を行き来する全車が対象になると思っていただけにがっかりした。

 おそらく国土交通省のバックには財務省がいて、予算云々制約をかけた結果がこうなったんだと推測する。復興のことなんて、金勘定だけで考えているとしか思えないよ。こんな時の為に、いろいろと特別会計なんていう別の財布があるんじゃないのか?まあ、素人がこんなことを言えば、法律がどうのこうの、目的が違うのっていう理屈をつけてくるに決まっているけれど、こんな大災害の復興にお金を使わなくていつ使うのか?結局、出し渋っておいて復興財源が足りないから、消費税増税しようとしているのがミエミエである。

 まあ、お役人はそういう判断してしまうのはやむを得ない。子供に20mSv/yなんて認めるくらい人命を軽視している点をみても、被災者のことなんか真剣に考えてないのは明白だ。だけど、被災者のため、地域経済復興のため、大胆な政策を断行するのが国民から選ばれた政治家じゃないのか?政治主導じゃないのか?

 何か震災後、国やマスコミに対して憤ることばかりで嫌になってしまうなぁ。

 

 

2011年6月 7日 (火)

大連立しないと震災復興は出来ないのか?

基本的には政治のことなんか、あまり書きたくなかったけど、やはり実際に被災地に行ってボランティアなんてやってくると、自分の思ったことは素直に表現した方が良いと思うようになってきた。 

先週、内閣不信任案のドタバタ劇が済んだと思ったら、今度は大連立というニュースがメインになってきている。どこまで政局が好きなんだ。。しかも、画策しているのが仙谷官房副長官、岡田幹事長のように見える。昨年の参院選からずっと負け続けているのに、何ら責任も取らずのうのうとのさばり、少し意にそぐわない議員は切り捨ててきた連中じゃないか。

 今回の原発事故対応だって、この3か月政府が情報を隠蔽してきたために多くの人が被曝し、まして、今なお将来を見通せず避難所暮らしを強いられている人達がどういう思いをしているか心底分かっていないのは明らかだ。西岡参院議長が言うように、今回の政府、党執行部に次回のイニシアティブをとる資格なんてない。

 そして、この大連立に乗ろうとしている自民党も似たようなものだ。この非常時に内閣不信任案を提出し、民主党の分裂を画策したのは間違いない。もともと原発政策を推進し、強固な利権を築き上げてきた連中じゃないか。まずは震災避難民に謝罪するのが先だろう。

 結局、大連立の動きを通じて見えてくるのが、”復興利権”としか思えない。そして、消費税増税やTPP参加、現状の利権維持が見え隠れする。震災以前から大連立を提唱していた読売新聞は狂気乱舞し、他のマスコミもお抱えの評論家連中を使って世論操作を始めているように思える。

 復興を進めるなら大連立なんて戦前の大政翼賛会を思わせるようなことをしなくても、超党派の復興組織を作ればできる筈だ。そこで法案を作れば良い話じゃないのか?とにかく大連立なんてやる前に、被災者の身になって最善の策を考えて即実行して欲しい。

 

 

2011年6月 6日 (月)

昨夜のNHKスペシャル「シリーズ 原発危機 第1回 事故はなぜ深刻化したのか 」を観て。

 昨夜、「NHKスペシャル シリーズ 原発危機 第1回 事故はなぜ深刻化したのか」 という番組を興味深く観た。地震発生から3号機が爆発するまでのことを、関係者のインタビューを交えながら再現していたからだ。

 まあ当時は相当緊迫していて、関係者は一生懸命対応していたのだろう。だけど、東電や政府関係者のコメントは何か責任逃れのような感じがした。斑目委員長なんて、「3月11日以降のことはなかったことにしたい」というような主旨のコメントを出していた。多くの人達が被曝し、今もなお、避難生活をしている人達がいることを申し訳ないと思わないのか。

 昨夜の番組では、今はユーチューブでしか見れない3号機の爆発シーンを2回も流した。津波の映像は何百回も流しているのに、この映像だけは何らかの圧力がかかって民放のみならずNHKでも流せないんだろうと思っていたから少し驚いた。

 だけど、大本営発表を漫然と垂れ流しただけではなく、政府の発表を補足するような形で御用学者を登場させて、我々庶民を洗脳してきたことについての反省がないのは呆れる。これで安心して、避難が遅れて被曝してしまった人だっている筈だ。太平洋戦争中と何ら変わらないじゃないか。

 まだ事故の収束は見えない。記者クラブのような政府との談合を疑われる組織は無くして、国民の側に立った報道をするように望みたい。

 

2011年6月 3日 (金)

ごめんなさい、暴言を吐きます。「詐欺首相は即刻退陣せよ!!」

昨日の内閣不信任案茶番劇、もう怒りを通り越している。少し汚い表現を使ってしまうかもしれないが許して欲しい。それくらい頭にきている。このブログでストレスを発散させて欲しい。

 本会議前の代議士会でのやりとりを見ていれば、本人が否定していないのだから、ほぼ間違いなく鳩山元首相が言ったとおりの筋書きになるだろうと思ったはずだ。ところが、本会議で否決されると、まず岡田幹事長が「辞めるなんて言ってない」と発言し、枝野官房長官も同様の発言をした。そして夜の記者会見で本人が辞める時期を来年の1月以降を示唆したのだ。皆、グルになって同じ党の人間を騙したのは間違いない。絶対許せない行為だ。

 こんな奴が国のトップで良いのだろうか。一番気に入らないのは、こんなに酷い震災や原発事故を人質にして政権の延命を図っているということだ。しかも、放射能拡散情報があったにもかかわらず住民を被曝させているし、福島の人達を人体実験しようとしている。

 私は奴がTVに出てくれば、画面に向かって暴言を吐いている。少なくとも人間として認めない。名前を書くのもおぞましい。身が穢れるようだ。それに追随する閣僚や党執行部に対しても同じだ。また腑抜けな民主党議員には失望した。何とかこいつらの暴走を食い止める手段はないものか。

 抗議の電話やメールを送っても馬の耳に念仏だろう。参院で問責決議案を出して法案をストップさせてしまうのも一考だが、それでは被災者に迷惑がかかるから、出来れば避けたい。そうなると、民主党内で両院議員総会を合法的に開催させて、引きずり下ろすしかない。これだけ、コケにされた憤りも凄いだろう。議員達の奮起を期待したい。

 

2011年6月 2日 (木)

魔法のインソール(治療開始から現在まで)

 11月中旬、スポーツ外来を受診した。正直言って、抵抗感があった。シリアスランナーでもない自分が、”スポーツ”と名のつく診療科に行っても良いのだろうか、また普通に歩けるのに別の病院に行く必要があるのだろうか、というのがその理由だ。だけど、ただでさえ尿酸値は高く薬を飲んで下げているし、このまま走れなくなって太ってしまったら他の病気にもなりかねない。意を決した。

 診察は問診、レントゲン、触診で、診断は前の整形外科とほぼ同じだった。問診の時、先生から「この体重で走ってるの?う~ん、走るより自転車の方が脚に負担がかからないんだけどなぁ?」と言われ少しショックを受けたが、2か月に1回の問診と週1回のリハビリ治療を行うことになった。

 まずリハビリの先生に状態を説明する。次に歩行チェック。そこで「アキレス腱が痛むのは、アキレス腱自体が悪いんじゃない。脚全体、股関節が固かったり、太ももの筋肉が上手く使えていないから、ふくらはぎに過度の負担がかかるってしまう。それが主な原因だ」ということを聞かされた。その後、患部のマッサージ、ストレッチ、軽い筋トレなどを行い、最後に歩行チェックして終わる。(このパターンは今も同じだ。)

 通い続けて1ヵ月後ぐらいに、「自費になるけど、オリジナルインソール作らない?」と言われた。まだ痛みもあり、オリジナルインソールって結構いい値段だと思っていたので、自分みたいなヘッポコランナーには分不相応だと断ってしまった。

 年が明けて、間隔を明ければ2㎞ぐらい走れるようなってきた。でも、違和感はあるし時折針を刺すような痛みもあるので無理はしなかった。少しずつではあるけれど、回復の兆しが見えてきた。ところが3月になって、徐々に距離を延ばし6㎞走ったところで、”ビシッ!”という感じで、再発してしまった。また、元の木阿弥に(泣)。

 6月になって、またインソールの話が出た。もう背に腹は代えられない。費用を聞いたら、雑誌なんかで見るよりはるかに廉価だ。私はてっきり足型でも採って作るんだろうと思っていたが全然違っていた。裸足になって、足の裏にパッドやテープを貼って、何度も何度も歩行チェックを行うだけだ。都度、先生は採寸用紙のようなものに数字を記入していた。最後にシューズを渡し、1週間後に出来上がってきた。

 足を入れると感触が違うのが分かる。歩行チェックでも何となくアキレス腱への負担が減ったような気がする。嬉しかった。結局、オリジナルインソールにすることで着地のバランスを調整しているらしい。また少しずつ走り始めることができるようになってきた。リハビリ時には走っていて違和感のあるところを報告し、インソールの微調整を何度も行い、徐々に距離を延ばせるようになっていった。通院している先輩のランナーから、これは「魔法のインソールだよ?」なんて言われたが、正にその通りだった。

 その後、10㎞やハーフなどのレースにも出場できるまでになったし、もうアキレス腱を指で押しても痛みはでないようになった。今年の春、フルマラソンに挑戦すべく走り込みを行い1、2月は月間走行距離が200㎞を超えたのだが、3月に入って今度は左ふくらはぎに軽い肉離れを起こしてしまう。また振だしへ。もう双六みたいな状況だけど、凹んでばかりはいられない。先日、山中湖ロードレースも無事走り終えることができ、秋のフルマラソン完走を目指している。

2011年6月 1日 (水)

魔法のインソール(アキレス腱痛発生編)

 今日も週1回のリハビリに行ってきた。かれこれ1年半以上、通い続けようやく完治の目途が立ってきたのだ。せっかくなので障害発生から現在に至るまでの模様を書いてみたい。同じような症状を持つ方の参考になれば幸いである。長くなるので2部構成にします。

 2007年の年末から何となく体調がおかしくなり、2008年8月の富士吉田火祭りロードレース10kを最後にレースはもとより、普段も走らなくなっていた。ようやく体調が回復したのは2009年のGW明けで、それからまた走り始めるようになった。健康維持を目的に始めたランニングだが、私は何か目標がないと続かないタイプなので、また8月の火祭りロードレース10kを目標にした。

 少しずつ距離を延ばしていき、6月は累計で93km、7月は193㎞走ることができた。でも、2~3日に一度は休足日を入れていたが、この頃から両アキレス腱に違和感を感じるようになっていた。不思議なのは、走り始めの3㎞ぐらいまで違和感があるのだが、それ以降は何ごともなかったように走れたことだった。きっと準備運動が足りないせいだと思い、走る前には十分にストレッチを行い、終わった後はアイシングをしていた。8月の火祭りロードレースでも同じような状態だったが、翌日には治っていた。結局、その月は累計で220㎞も走ることができて、またフルマラソンに挑戦できそうな手ごたえも感じていた。

 9月に入っても同じような状態が続いていたので休足日を多くとった。20日の巨峰の丘マラソン10kは棄権しようとも考えたが、10㎞なら何とかなるだろうと思い出場した。アップダウンが激しく相当足首に負担はあったものの強い痛みはなかった。でも、アキレス腱を指で押すと痛みが出るので10日間ぐらいは走らないで様子をみることにした。

 10月。ハーフマラソンを申し込んであったので練習を再開したが、前と同じような状態は変わらない。そこで走るのは3日に一度ぐらいの頻度まで落とした。12日、定番コースをゆっくり8㎞走った。痛みはなかったが、念のためアイシングをして湿布まで貼って寝た。ところが翌朝、布団から起きようとした時、異変が起こる。足首が固まってしまったような感じがして痛みがあり立ち上がれない。何かに掴まりようやく立ち上がれる有様。

 少し動くと関節が柔らかくなるのか歩くことは問題ない。ただ、ちょっとした段差は激痛が走る。とても今までのように走ることなんてできそうにない。足首が腫れているわけでもなく、グルグル回しても痛くない。ただ着地の衝撃に耐えられないのだ。ネットでいろいろ調べてみると、アキレス腱炎の症状に近いことが分かった。それから1週間様子を見たが、一向に治る気配がしない。仕方なく、近くの整形外科へ行く。レントゲンに異常はない。結局、診断はアキレス腱炎で”体重があるからきっと足首に負担がかかったのでしょう。痛みがとれるまで休養しましょう”ということになった。

 それから約1ヵ月が過ぎたものの治らない。セカンドオピニオンを求めて、スポーツ外来を受診することにした。その時は、まさかこれほど長いリハビリ生活が続くとは夢にも思っていなかったのである。(続く)

 

 

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