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2011年10月

2011年10月31日 (月)

10月30日、フジテレビ「報道2001」の調査結果を見て思うこと。

昨日のフジテレビ報道2001で発表された今週の調査では、内閣支持率、政党支持率の他にTPPに関する質問が3つ入っていた。これを見ると、結局、アンケートに答えた人はTPPがどういうメリット、デメリットも分からないのに、賛成している人が多いという結果になっている。http://www.fujitv.co.jp/b_hp/shin2001/chousa/index.html

(無断転載はいけないと思うのでURLのみ)

 なぜなら「説明をしているが分かりにくい」「説明が不十分」と答えている人が約95%もいるのに、それで賛成が約65%、反対が約24%となっている。結局、雰囲気で流されているということになるのではないだろうか?

 一応、ページでは問5の結果を大きく取り上げているように見えるけど、この順番で質問しているとしたら問題だ。問3では賛否をいきなり聞き、問4で交渉を始める時期、問5で国民への説明が十分かどうかを聞いていることになる。だから、こういういい加減な結果になる。本来なら、説明が不十分だったり分かりにくかったりする人が大多数なら、賛否については「分からない」となる筈なのではないだろうか?分からないのに賛否を問うなら、その理由項目がないとあまり意味のあるアンケートとは言えないのではないか。

 サンプルについても「10月27日、首都圏の成人男女500人を対象に電話調査」というアバウトなものだから、これをもって「首都圏の人達の考え方」ということにはならない。本来なら性別や年齢構成を提示する必要がある。

 マスコミ各社は何かというと、すぐに世論調査を行うけれど、質問内容は公表しても、質問の仕方やサンプルの属性については詳細を発表しない。これでは片手落ちという以外にない。近年、マスコミの信用度が下がっているけれど、こうしたことも大きな要因の一つであることを認識すべきではないだろうか。

 

2011年10月30日 (日)

佐野眞一著「津波と原発」を読んで思うこと。

 木曜日の夜、餃子パーティーで飲み過ぎたのか、2日間ぐらい頭が痛くてとてもブログを書く状態ではなかった。ただ、昨日TBSラジオ「久米宏ラジオなんですけど」のゲストに佐野眞一氏が出演され、著作「津波と原発」について語られていたので興味を持ち、すぐに本屋に行って購入し、一晩で読み切った。

 佐野眞一さんの本では、今、再審がとりざたされている1997年、渋谷区円山町で起こった殺人事件について書かれた「東電OL殺人事件」を読んで、その取材力の凄さに圧倒された。この本では東電の体質も描かれており、今の原発事故とも遠からず結びつくような気もする。

 この「津波と原発」は2部構成に分かれいる。第一部は氏が震災1週間後に被災地に入り、インタビューなどを通して感じたことが書かれている。第二部は「原発街道を往く」という話で、警戒地域に入られて感じたことや、原発がこの地に入ってきた経緯などが赤裸々に描かれている。日本の原子力政策がどう進められ、どのように国民が受け入れていったか、これを読むとよく分かる。

 私は今回の原事故が起こるまで、危険なことはあるだろうけど日本の原発は多重に防護されているのだから、こんなに酷いことになるとは思わなかった。これほど広範囲に、しかも、事故の完全な収束が私が生きている間に終わるかどうか分からない。将来的には全廃に持っていくべきだとは思うけれど、今すぐ全停止しても大丈夫なのかどうかは専門家の間でも意見が分かれており、まだ個人的には判断できないでいる。ただ、今の政府の原発事故に対する取り組み方や再稼働を巡る問題を見る限り、暗澹たる気持ちは拭えないのも事実だ。

 原発は戦後復興と経済成長とセットだった。それは否定しない。だけど、原発がこういう状況を生み出してしまった以上、震災復興は、新しいエネルギー分野や、スマートグリッドをはじめとする配電網の再編成を取り入れながら進めていく方向性を打ち出して欲しいものだ。

 

2011年10月26日 (水)

衆議院のサーバーが攻撃を受けたニュースを聞いて思うこと。

 昨日、衆議院のサーバーから議員のIDやパスワードが盗まれたかもしれないというニュースが駆け巡った。最初は何でこんなに簡単にウイルス感染したのだろうと不思議だったけど、この方の書いたまとめブログ(http://d.hatena.ne.jp/Kango/20111025/1319556641)を読むと、なるほど巧妙な手口だというのがよく分かる。

 最初は議員PCに標的型攻撃メールが届き、その添付ファイルを開いてしまったため感染。その端末を踏み台に、サーバーに侵入して管理者情報まで盗み、サーバー自体も乗っ取られてしまったということのようだ。

 標的型攻撃メールは、一見普通のメールと勘違いするくらい巧妙に作ってあるから、事前知識がなければ開いてしまうだろう。ウイルス対策ソフトが入っていなかったとは思えないから、きっと未だパターンファイルが出来る前のものだったのではないかと推測できる。しかも感染してもPCは普通に動くのだから、その異変に気づかない。今回のようにサーバーまで侵入されて発覚されるケースが多いという。上手いところを突いたものだ。

 しかし、標的型攻撃メールが官公庁に届いた例は2005年末ぐらいから増えてきつつあり、その危険性はレポートなどを読む限り(独)情報処理推進機構が把握していた。だから、もっと有効な対策を取れなかったのかという疑問はある。でもいくらなんでも衆議院の運営するサーバーなので、それなりのセキュリティ対策は取ってあったはずだ。ということは、最後は人間の問題になってくる。こういう攻撃のされ方を知らなければ防御はできないからだ。

 今回、どういう被害が出ているのか詳細は分からないし、その性質上、明らかにされないかもしれない。でも、機密ファイルがあったかもしれないサーバーに侵入されたのは大問題なのだ。定期的に議員及びその秘書に対して、情報セキュリティ教育は必要なのではないだろうか。それにしても、やったのは誰だろう?機密情報等が洩れていないことを祈る。

 

2011年10月24日 (月)

政党政治の終わりの始まりなのか?

 大阪都構想を掲げる橋本府知事が辞表を提出し市長選に出馬することになり、知事選と市長選のダブル選挙となった。民主党は郷原氏の説得に失敗し、自民党と相乗りで知事候補を擁立するらしい。春の都知事選でも単独候補を出せず、今回も自民党との相乗りなんて、もう政党政治の終焉を思わせる事態だ。

 私は橋本知事自体好きではないけれど、二重行政のために無駄な税金を使っているという指摘は正しいと思う。ただ、それを解決するのに大阪都構想がベストなのかどうかは分からない。府民をどう説得するかにかかっている。各政党は彼の人気に頭を悩ましているようだが、結局、今まで目に見えて行政改革が進んだように思われていないからだ。まして、民主党に至っては、2年前「国民との約束」と高らかに謳って政権交代しながら、それを反古にしようとしている。これでは信頼できるわけがない。

 政治不信の先にあるもの、それは独裁者を生む土壌を作り出してしまう危険だ。戦前のドイツのようなことにはならないだろうけれど、今の大阪をマスコミを通してみてみると、似たような雰囲気を感じてしまう。テレビ映りの良いのは橋本氏だから余計そう感じてしまうのかもしれない。それを知ってか知らずか、彼自身は1期で辞めるようなことを言っているけれど、「出馬は2万パーセントない」発言があるからそれを信用していいかどうかは微妙だ。

 私が府民なら相当迷う。今回の大阪秋の陣は政党政治の是非も問われることになりそうだ。府民じゃなくても関心を持ち続けたいと思う。

 

2011年10月23日 (日)

やっと記事になったか。「福島第1原発:冷温停止の定義に疑問…保安院に専門家ら」(毎日)

 「福島第1原発:冷温停止の定義に疑問…保安院に専門家ら」http://bit.ly/qVM3gc

 ネット上ではさかんに言われていたことなので何ら新鮮味はないのだけれど、ようやく毎日がWeb版で取り上げた。今日、指摘されたように、冷温停止とは「圧力容器の蓋を開けても放射性物質が放出されない状態」なのだから、圧力容器の底が100℃を切ったからといって、決して冷温停止ではないということだ。そもそもメルトスルーまで認めていて、誰も核燃料の状態がどうなっているか分からないんだから、おかしな話なのだ。

 だけど、とにかくこの国及びマスコミは言葉のすり替えを巧みにやる。多分、この件だって、「冷温停止」ではなく、「冷温停止状態」と表現しているから問題ないと言うに違いない。結局のところ事実と正面から向き合おうとせず、言葉遊びのようにしか思えない。「国民には工程表通り進んでますよ~。もう大丈夫ですよ~。」と洗脳しようとしているのだ。

 先日も環境保護団体がスーパーに並んでいる魚から微量のセシウムが検出されたと発表したけど、それも大きくは取り扱われない。記事になったところで「健康には影響のないレベル」で誤魔化されてしまう。まるで心配する人はおかしいと言わんばかりだ。こうやって巧みにNoと言えない雰囲気作りが行われていく。とても怖いことだ。

 「冷温停止」の定義がおかしいことは、多くのマスコミでは分かっていたはずだ。「疑問点は伝えていました」とアリバイをつくるためか、たまたま今日の評価委員会でそのことが出たから、これ見よがしに載せたように思える。穿った見方になってしまったけれど、原発事故後、マスコミは国民の側ではなく、政府の側に立った報道をしているような気がしてならないのだ。お願いだから、戦前のようなことは繰り返さないで欲しい。

 

 

 

2011年10月21日 (金)

推理小説を読むきっかけは、横溝正史「悪魔の手毬唄」だったのかもしれない。

 読書の秋という訳ではないけれど、時々、小説を読みふけることがある。私は大学に入るまで読書というものが苦手で、小説というものは満足に読んだことがなかった。国語の勉強に組み込まれているように思えたからかもしれない。だから、名作と呼ばれる作品はほとんど知らず、あらすじ本でほんのさわりだけは読んだぐらいで、今でも恥ずかしい限りだ。

 そんな貧弱な読書歴の中で唯一嵌ってしまったのが横溝正史作品だ。角川映画が「犬神家の一族」をヒットさせたのをきっかけにTBSでドラマが始まり、土曜日の夜は食い入るように観ていた。その印象が残っていたので大学を卒業するころから読むようになった。横溝作品は陰惨な殺人事件が多いけれど、登場人物の人間関係、トリックの巧妙さ、犯人の動機を金田一耕助が解き明かしていく様がとても面白い。

 なかでも私が一番気に入っているのは「悪魔の手毬唄」だ。殺人方法は単純だが、被害者は古来伝わる手毬唄通りに遺棄される。それが何を意味するのか。鍵を握る人物の失踪、名門家同士の争い。様々な人間模様が20年前に起こった迷宮事件との繋がっていく。この推理過程が息を呑ませる。そして、やってはいけないミス。犯人のやるせない動機の解明が郷愁を誘う。

 今では推理小説といえば、東野圭吾氏、伊坂幸太郎氏の作品を読むことが多くなったけれど、やはり私の原点は「悪魔の手毬唄」だったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

2011年10月18日 (火)

「【英国】答弁にiPad使用可 英下院、ツイッターもOK」の記事で気になったこと

 私は6月12日「国会のペーパーレス化はできないのか?」(http://app.cocolog-nifty.com/t/app/weblog/post?__mode=edit_entry&id=68644314&blog_id=263394)とブログに書いたけど、英国の下院では早速、その方向に向けて動き出したようだ。

「【英国】答弁にiPad使用可 英下院、ツイッターもOK」(http://sankei.jp.msn.com/world/news/111017/erp11101709470002-n1.htm

 気になったのは、この記事を書いた記者が「ただ、アイパッドを紛失した場合は機密情報が大量に漏れるため、懸念も出そうだ。」と最後にこの一行を加えたことだ。新しいツールが登場する場合、こうした否定的な見解を入れるのはよくあることだ。情報セキュリティに詳しくない人が読めば、「ああ、それは大変だ」と思うかもしれないけれど、たとえ紛失しても情報漏えいしない仕組みは作れるのだから、「大量に漏れるため・・」などと断定的な表現を使うのはおかしい。

 まず、常識的にはiPadにパスワードの設定をする。これはノートPCでも中身を見られたくないなら誰でも行う。これで仮に紛失したとしても中を見るのは困難だ。でもiPadのパスワードは4桁のようなので簡単に破られる恐れがある。それならば、機密情報の書類はiPadの中に入れずに、クラウドを利用して、都度、サーバーにアクセスすればいい。こうすれば、iPadが紛失しようが、壊れようが関係ない。それでも「IDやパスワードを盗まれたらどうするんだ?」ということを言いだすかもしれないけれど、故意に教えない限り、ワンタイムパスワードの使用や個人認証を複雑化する方法等、いろいろな防御策は講じられる。

 この記者がこういうことを知っていてこの記事を書いたかどうかは分からない。でも、「注意が必要だ。」ぐらいなら良いけれど、「懸念も出そうだ」という表現を使ったということは、記者の願望が含まれているように思えて良い気分がしない。紙なら大丈夫だというわけではあるまい。こういう情報機器の積極的な活用は経費削減や情報共有には有効な手段の一つなのだから、もっと肯定的に捉えて、「日本では何故やらない?」みたいな要旨にして欲しかった。

2011年10月16日 (日)

第2回 甲州フルーツマラソン。「リタイアか、それとも歩き続けるか?」

 今日は第2回甲州フルーツマラソン、ハーフの部に出場してきた。この大会は以前、勝沼ぶどう郷マラソンと呼ばれていて私は2005年の大会から出初めて今回で4回目になる。アップダウンが激しく私のような者にとっては過酷なコースだ。だけど、普段はなかなか厳しい練習なんてできないから、こういう大会で追い込まないと進歩しないと思い、性懲りもなく出場している。

 朝から雨は上がったが、同時に気温も上がった。私が出始めた頃は11月最初の日曜日だったのが、この2、3年で10月中旬に変わった。今回はこの影響がまともに出てしまったのかもしれない。私にとってはただでさえ過酷なコースなのに、その上暑さが加わったらひとたまりもない。

 コースはほぼ分かっているので、最初はゆっくり入る。とにかく7㎞ぐらい先にあるトンネルまで上りきらないと駄目だからだ。でも、4㎞行かないうちに呼吸は乱れ脚も前に進まなくなってしまった。頭も少し変な気がする。仕方なく上りは歩く。フラフラになったわけではないけれど、周りを見回す余裕すらない。ただ目の前にある道を睨み付け、前に進むのみ。

 適宜、下りもあるのだが、圧倒的に上りの方が多いように感じる。ついに下りでも脚が動かなくなった。アキレス腱に違和感が出始めてしまったのだ。まだ残り8㎞もある。私の周りはもう人もまばらで、ほとんど歩いている。まるで映画「八甲田山」で描かれた兵士達のようにもがいている。また上り坂だ~。

 随所でスタッフのカードを下げた人たちを見かける。皆、「ガンバレー、あと少し!」とは言ってくれるが、コースを知っている自分としてはまだ上りもかなりあるし、距離だってかなりあるから、「リタイア」の4文字が頭の中を渦巻く。下りになり走り出すと、アキレス腱が悲鳴をあげそうになる。どうすりゃいいんだ!。仮にスタッフの人から「続けられますか?」って優しい声をかけられたら、おそらく「止めます」と答えてしまっただろう。

 そんな葛藤を繰り返しながら、時には数百メートル走り、また歩いて何とかゴールまでたどり着いた。今年の2月初旬、ハーフは2時間切れて復活の兆しが見えてきたので順調に行けると思っていた。だけど3月の故障から練習不足となり5㎏も太り、ようやく今月になり順調に走れるようにはなってきたものの、今回は2時間45分も掛かってしまった。4年前とは少しコースが変わったけれど、それよりも30分以上遅い。さすがにショックだ。また両アキレス腱も駄目になってしまったかもしれない。来月の新東名フルマラソンは難しい状況になってきた。

 これから先どうするか、もう走るのは止めてしまおうかとも頭の中をよぎる。アキレス腱は2年もリハビリ治療を続けているのに、なかなか完治せず良くなったり悪くなったりを繰り返している。満足に走れないから痩せるのも一苦労だ。でも、ここで諦めてしまえば、それまでだ。もう一度、ゼロから再出発するしか方法はない。とりあえず脚を治しつつ痩せる方法を考えてみよう。

 

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2011年10月15日 (土)

第88回 箱根駅伝予選会の結果を見て思うこと。

 今日、来年のお正月に行われる箱根駅伝の予選会があった。テレビではあまり見れなかったけれど、結果はホームページで確認した。それにしても苛酷だ。参加40チーム中、出場できるのは9チーム。10名~12名走ったうちの10名の合計タイムで決まる。ただし、7位以降はインカレポイントによる調整がある。

 だから一人二人、突出した選手がいたところで、他の選手が頑張らなければ予選通過は出来ないのだ。9位順天堂と10位法政との差は僅か29秒。20㎞走って一人当たり3秒ないのだ。さらに驚くべきことに、レース順位では専修が8位になっているものの、インカレポイントの差で12位となってしまい涙を飲んだ。インカレポイントって素人にはよく分からないけれど、昨年から今年にかけて行われた競技会での順位などで、アドバンテージが与えられるらしい。この仕組みが公平なのかどうかは分からないけれど、一発勝負にしないという意味では各校承知のはずだ。

 今回は少し前までなら常連校と言われた法政、日大、専修、亜細亜、大東文化が本選に進めなかった。特に日大は10位以内に3人も入っていて逃してしまった。アドバンテージも結構あったのにこれは相当ショックだろう。やはり、20㎞をある程度のタイムで10名揃えるというのがいかに難しいかがよく分かる。練習だって、最低でも月7~800㎞ぐらいは走り込んでいるだろうから、選手たちの無念さは痛切に感じる。

 努力して報われる者もいれば報われない者もいる。それは陸上の世界に限らず誰にだって当てはまる。問題は報われなかった者がこれからどう生きていくかだ。今は絶望の淵に立たされているかもしれない。でも、「諦めなければ何らかの形でいずれは報われる」と思って頑張って欲しい。これはうだつの上がらない私自身への言葉ともいえるかもしれない。

2011年10月14日 (金)

展示会の思い出。

 おととい東京ビッグサイトにとある展示会を見学に行った。ああいう場所っていうのはなかなか落ち着いて見られない。コンパニオンや出展企業の説明員が至る所で声をかけてくるから大変だ。だから長居できなかった。ゆりかもめに乗って新橋に向かう途中で、25年前のことを思い出した。

 入社して半年経つか経たないかぐらいの時期だった。業界の展示会が浜松町であった。日曜日だけれど、まだ商品知識の乏しい新人は出席することになっていた。前の日に飲み過ぎたこともあって、一応、顔を出したらすぐに帰るつもりでいた。同期の友人と会場を後にして、駅に着いた時、信じられないことに、私の担当していた得意先のお客さん2人(私より10歳以上は年上)とばったり出くわしたのだ。得意先は沼津市にあり、まして休日なので、まさか展示会に来るとは思っていなかった。

 「我々は見学したので、それじゃあ、ごゆっくり(^'^)」なんて、新人の私には言えず、「ご一緒しましょうか?」という営業文句を言ってしまう。二日酔いの身には辛い。会場に引き返し一通り見直した。「それでは我々は、お先に(^'^)」って言えれば良かったのかもしれないけれど、「どこかで食事くらいしませんか?」などと心裏腹なことを言ってしまう。遠慮してくれると思った。だが、甘かった。「せっかく東京に来たんだから、浅草に行こう!」。「えっーーーーーー!」。心の中で叫んでいた。

 浅草まで行き、適宜観光、そして食事だ。当然、ビール付き。二日酔いの自分には地獄だ。まだ新人で会社の接待ルールなんて知らない。まして、私の得意先は子会社のような存在なので特別接待などする必要はないのだ。それでもお客様であることは違いないから、支払いはこちらでもった。簡単には処理できない額だけど、一応、領収書は切ってもらった。それから2軒目、3軒目とエスカレートしていかなかったことだけは幸いだった。

 翌日、上司にかくかく、しかじかと報告する。「新人の分際で何やってるんだ!」と怒られるとばかり思っていた。一応、「おまえ、どういうことか分かってるのか?」とは言われた。「分かってるつもりでしたが、成り行き上、仕方ありませんでした」と素直に話したら、「これこれこういう具合に精算しろ!」と言ってくれた。普段は口が悪い上司だったが、この時ばかりは頼りになるなぁと感謝した。今となっては、古き良き思い出である。

 

2011年10月11日 (火)

高嶺の花になってしまった東京マラソン(泣)

 今日、来年2月26日に行われる第6回東京マラソンの抽選結果が発表された。私には当然、落選メールが届く(笑)。なにせ、当選倍率が9.6倍なのだから仕方ない。これで2連勝の後、4連敗となった。最初は3倍、2回目は5.5倍ぐらいだったが、その後は9倍前後の倍率になっているから、そうは簡単に当たらない。

 年々人気が高くなったおかげで、去年、東京マラソン財団が設立されてチャリティー枠などというものが出来た。別名、セレブ枠だ。最低10万円の寄付+参加費1万500円払えば抽選なんかしなくても出られる。ホノルルマラソンに出るつもりなら安いかもしれないし、この制度自体は悪くないと思っているが、さすがに貧乏人の私には到底手が出ない(笑)。

 東京マラソンの魅力は多々あるけれど、一番素晴らしいのは、佃大橋の所以外では途切れることのない沿道からの応援だ。それはそれは物凄い。自分がオリンピックの選手になったかのような快感を味わえる。見ず知らずの私にも大きな声援を送ってくれる。手を振れば、応えてくれる。たくさんの場所に施設エイドがあり、「これ食べて下さい!」とか「これ飲んで下さい!」という声も掛かる。人の温かさが生で伝わる。普段の生活ではなかなかこういう経験はできない。だから、リピーターが増えていくのだろう。東京マラソン開催ととディーゼル規制だけは石原都知事に感謝している(笑)。

 東京マラソンの成功によって、どんどん都市型フルマラソンが増えてきた。奈良、神戸、大阪、京都、名古屋(女性のみ)、ある意味凄いことだ。名古屋はわからないけど、そのほかは、どれも定員オーバーで抽選になったはずだ。これが全て定着するようなら、市民マラソンは完全に一種のブームではなく、お祭りのような定番イベントになっていく。健康意識の強まりもあるけれど、普段では得られない充実感や達成感を求める人が増えたのかもしれない。

 ただ、東京マラソンに限らず、何度も当選する人がいる一方で、何年経っても全く当選しない人も存在する。また、複数に申し込み本命以外は出場しないなんてこともある。まるで大学入試みたいになってきたのだけど、普段しっかり練習している人には、やはり、光を当ててあげたい。そういう声に対してどう対応していくか。これが当面の課題になっていくだろう。また、いつか出たいな東京マラソン。

2011年10月10日 (月)

本当にこんなことをやるつもりなのか?「外国人1万人、航空券無料で日本に招待」

 「外国人1万人、航空券無料で日本に招待」(観光庁が11億円の概算要求)http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20111009-OYT1T00814.htm

 1ヵ月ぐらい前は、外務省がこんな計画を立てているなんて聞いたけど、結局、観光庁で概算要求を出してきたのか。これって、ある意味、”ヤラセ”のような気がする。あるいは”サクラ”とでも言った方が良いかな。日本に来て貰って良いことを、ブログ、ツイッター、フェイスブックで拡散させようというのが狙いなんだから、航空券を貰いたかったら、計画申請で思いっきり”よいしょ”するのではないか。私だって他国で同じようなことをするなら、悪いことなんて書こうとは思わない。

 まず、東日本大震災で観光客が激減している一番の理由は原発事故じゃないのか。事故当初からマスコミとリンクして、「風評被害」を連呼しているけれど、情報公開がいい加減だったからこういうことになっているのではないのか。例えば、チェルノブイリ事故の時、(冷戦中だったので簡単には行けなかったけれど)、日本からどれほどソ連に行きたいと思う人がいただろうか。

 ましてこの円高も手伝って、よほど余裕がない人以外なかなか来れないだろう。チケットを送って貰った人は喜ぶけれど、それに釣られて来ようと思う外国人が多くいるとは思えない。これを考えた人たちは、自分達が逆の立場だったらということを考えていないようだ。

 とにかく原発事故を収束させた上で、放射線量が低いことを証明しなければ話にならない。海外メディアが20㎞圏内に入って自由に取材出来るくらいになれば、少しは変わると思う。しかし、相変わらずこの地域はブラックボックスになっているのだから、何か重大なことを隠しているか、事故を過小評価しようとしているようにしか思われない。だいたい今までの放射線量の基準値を平気で20倍まで引き上げましょうなんて言っている国が信用されるわけがない。

 個人的には、こんなお金があるのなら、除染費用の足しにするか、子供を疎開させるための費用にするか、あるいは今、原発事故収束のために被曝しながら働いている無名の方々の待遇改善に使って欲しいと思う。

2011年10月 9日 (日)

「10.8 福島市渡利地区の住民説明会」を観て思うこと。

昨夜、IWJのUstで中継されていた「福島市渡利地区の特定避難勧奨地点除外に関する説明会」を観た。福島市渡利地区は福島駅から南東に2㎞ぐらいにある地域で、放射線量が、南相馬市や伊達市で認定された特定避難勧奨地点と同等なのに、何故か除外されるというのだ。

 行政側の説明は、早急に大規模な除染作業をして線量を下げるから、理解して欲しいの一点張りだ。それでもいつまでに出来るかということは言わないし、除去した土等をどこに保管するのかも決めていない。その上、住民の方々にも除染に協力して欲しいというようなニュアンスだ。こんなことで住民が納得するわけがない。そもそも8月に一度やっているのにそれでも効果的に下がっていないという。

 普通に考えれば、そんなに線量が高いのなら、まずは子供達や妊婦を避難させてから除染し、下がって安全になったら戻すというのが筋ではないか。そう質問すると、国は年間20mSvまでは大丈夫と言ってるとか、100mSvまでなら大丈夫という学説もあるなどと言う。そりゃあ、大丈夫の人もいるだろうけど、健康被害を受ける人が全くでないというわけではないから、より低線量を目指すのは当然の措置である。

 それから問題なのは、南相馬市や伊達市と渡利地区の基準が違うのは何故かという点だ。これについては、うやむやなまま明確な回答を示さない。まだまだ、えっ!っと思われるようなことも回答していたけれど、結局、お役人は言質を取られないようにしか答えない。まあ、下手に言質を取られれば更迭されかねないから必死なんだろう。そして、最終的には持ち帰って検討しますということになるのだけれど、それがいつごろ回答できるかということも言えない。このまま被曝し続けろと言うのか!何ていう怒号も飛ぶ。

 まあ、説明会で袋叩きに遭う役人も気の毒だとは思う。彼らにも生活はあって、国や市に盾付くことはできない。どんな質問が来ても言質を取られないようにかわしていくのは大変なことだ。やはり、こういう説明会には少なくとも権限のある市長又は知事が来て対応するべきではないか。

 なぜ、もっと住民側に立った対策が取れないか。自分なりに考えてみると、最終的には費用負担が出来ないからとしか思えない。仮に特定避難勧奨地点に指定されれば、避難を希望する住民には補償しなければならなくなる。南相馬や伊達の場合は合わせても200世帯未満で済むけれど、この渡利地区の世帯数は約6500世帯もあるから、とても予算は回せないということではないだろうか。でもそのために将来に禍根を残して良いわけはない。何とか、行政側は住民の切なる声を拾い上げて欲しいものだ。

 

 

2011年10月 8日 (土)

今の日本の状況って、太平洋戦争前に似てないだろうか?

 私が中高で日本史を習った時には、大正時代以降はかなり端折られてしまって、何故、太平洋戦争に至ったかなどということは勉強しなかった。日本史は得意だったけれど、所詮、受験の日本史であって本当の日本史ではないことは承知していた。大人になって、いろいろなテレビ番組や本を読まなければ、近代史は分からなかったかもしれない。

 特に太平洋戦争に至るプロセスは、今でも満足に答えられるか分からない。個人的には関東大震災がきっかけになっているように思う。まだ復興を遂げたかどうか分からないうちに、世界恐慌が起こる。これを回避するためにブロック経済が進んで、大東亜共産圏なる思想ができ、侵略戦争へと突き進んでいったのではないだろうか。そして、政府はその正当性を訴えるためにマスコミを抱き込み世論操作を始めた。ミッドウェー海戦の惨敗も”転進”と言い換えられたし、沖縄が陥落した後は”本土決戦”を声高に報道したと聞いている。

 今現在の話に戻すと、バブル崩壊以降20年に渡る景気低迷、リーマンショックから始まる世界恐慌とそれに付随するEU崩壊の危機、東日本大震災復興のための増税、ブロック経済につながるTPP、福島第一原発事故とそれに伴う政府と記者クラブメディアの大本営発表、”頑張ろう日本キャンペーン”、こう挙げてみると、戦前の様子に似ているように思う。

 これが今後、戦争に結びつくとは言えないけれど、当時の人達も昭和2~5年ぐらいまでは、そう思っていたのではないだろうか。私はメディアが作る一方的な世論に脅威を感じる。原発事故対応や陸山会事件では、ほとんど同じ論調になっている。そして、二項対立が作りだされ、流れに逆らう者は異端者扱いされていないだろうか。今がよければ良い、あの人に従えば間違いない、そんなこと庶民が考えても仕方ない、こうした風潮がないだろうか。やはり、個人個人がいろいろな情報を仕入れて、自分自身が判断していかないと、とんでもない方向に進んで行くような気がしてならない。

2011年10月 6日 (木)

「説明責任」なんて言わないで、素直に「辞めろ!」って言った方がスッキリするんじゃない?

 今日、小沢一郎民主党元党首の初公判があった。まあ、マスコミ各社は鬼の首を取ったように大騒ぎだ。その話はともかくとして、2000年ぐらいからか、政治家に何か問題があると、しきりに「説明責任を果たせ!!」という声が大きくなった。もともと「説明責任」なんていう言葉は、企業がステークホルダーに対して決算などを説明するというような会計用語だったように思う。

 ところが政治家に対して使われている意味は、疑惑があったら正直に説明して納得を得ることということだ。今までいろいろな政治家が説明責任を問われてきた。松岡元農水大臣は自殺したし、赤城元農水大臣は辞職した。どうすれば説明責任を果たしたことになるのか。それは疑惑を素直に認めて辞めることしかない。認めなければ、これでもかと粗を探し次から次へとかさにかかったようにマスコミを通じて攻撃が続けられるのである。これと似たような言葉に「任命責任」というのもある。だから「責任をとって辞めろ!」って言った方が分かりやすいと思うけど、そうすると言った方も攻撃されかねないから、「説明責任」を連呼するのだろう。

 かつて連合赤軍事件があって「総括」という名のもとに10数名の若者が凄惨なリンチを加えられ亡くなった。被害者はリーダーから些細なことで総括を要求され、彼らの筋書き通り認めれても認めなくても、最終的には死に至った。「総括しろ!、総括しろ!」と無抵抗の被害者を皆で殴ったらしい。だいたいどうすれば総括が終わるのか明確な基準がないのだから、延々を続く。坂口死刑囚の書いた「あさま山荘」に詳述されているけれど、身の毛のよだつ思いだ。

 これは今、言われている「説明責任!」と同じではないだろうか。日本一の捜査機関が証拠不十分で不起訴にしたのに、確たる証拠も存在しないのに叩き続ける。無罪を証明することは出来ない。だから推定無罪なのに、それすらも否定する判決が下される。私はこの状況に賛成することは、リンチに加わるのと一緒だと思う。こう書けば戦前の時のように非国民扱いする輩も出てくるだろう。恐ろしい世の中になったものだ。

「ちょっと憂うつな予言-紙の出版は将来こうなる。」という記事を読んで思うこと。

 「ちょっと憂うつな予言-紙の出版は将来こうなる。」http://jp.techcrunch.com/archives/20110927the-future-of-books-a-dystopian-timeline/ アメリカ人が書いた記事を翻訳されたものだが、これはかなり興味深い。「

『2025 – 多くの途上国でもeブックへの転換が完了する。紙の本は良くて骨董品、悪ければ邪魔なゴミとなる。稀覯書収集の趣味は存続する。少数の出版社が頑固な愛好者のために紙の本の出版を続けるものの、全般的には出版は完全にデジタル化する。』(抜粋)

 日本ではまだ一般的に普及しているとは言えない電子書籍だけれど、将来的には今のiPadやkindleよりもっと簡単なインターフェースが搭載されたデバイスが開発されて、しかも、価格が5~6千円ぐらいになれば、私も恐らくそちらにシフトするだろう。本は好きだけど、がさばるし何十冊も持ち歩けないという物理的な問題があるし、また老眼が進行しつつある私にとっては簡単に文字が拡大できるのは嬉しい。

 問題は著作権とビジネスモデル。仮に違法コピーが出来ないようにしても、必ずそれを破る人間が出てくるのでイタチごっこだ。また図書館もなくなり、クラウド上に仮想図書館なんていうものが出来たら、自分のデバイス上でも本なんかいらなくなる。そうなった場合、制作側がちゃんとビジネスモデルを構築できるかどうかが問題になるだろう。基本的には利用者はIDとパスワードを購入して読むことになるのだろうけど、それでもコピー不可にはなかなか出来ない。

 あとはカードと組み合わせるか、あるいはもっと別の革新的な方法を開発できなければ、コピー問題に終わりはこないだろう。ただ、将来的には、この予言が示すような方向に行くことは確かだ。だとすれば、電子書籍を前提としたビジネスモデルを組み立てることと、法律の整備が必要になってくるだろう。いずれにしても、今、書籍文化が変貌しようとしていることに間違いない。

 

2011年10月 4日 (火)

映画「はやぶさ」を観て思うこと

 正直言って、宇宙探査船”はやぶさ”なんて帰還するまで、その存在すら知らなかった。だけどその時、twitterのタイムラインが暖かいコメントで一杯になり感動したのを覚えている。それでいろいろ調べたら、人類初の快挙だったこと、本当によく帰還できたと思う位、何度もトラブルに見舞われたことを知った。何でも、”はやぶさ”関連では何本か映画化されるようだけど、今回が最初の作品らしい。

 物語は数多の試練を乗り越えてプロジェクトが成功していくのを、一人の女性の成長とともに描くというものだけれども、何といっても基本は実話だから興味深い。個人的には、もっと詳細なプロジェクト計画や内容を知りたかったけれど、それでは一般向けにならないだろうから仕方ない。また、ハリウッド映画だと、すぐこれに恋愛要素を加えるきらいがあるけれど、そういう面がなく、純粋に”はやぶさ”プロジェクトに関わる人間模様だけを描いていたのは良かった。

 印象に残ったのは、プロジェクトの構想段階で様々な問題が浮上する中で出てくる「出来ない理由を探すんじゃなくて、どうしたら出来るか考えましょう」という台詞だ。確かにそうだ。自分も困難なことに直面した時、先に出来ない理由を考えてしまう場合がある。全ての問題に当てはまるわけではないけれど、そういった気概がなければ、大きなプロジェクトなんて成功しないのだろう。

 劇中では、擬人化された”はやぶさ”の台詞が涙を誘う。これはニュースでも流れたから書いても良いと思うけど、特に地球に帰還するとき、カプセルを切り離したらその役目は終わり、”はやぶさ”自身は花火のように散ってしまう。その姿が何ともはかなく美しい。ちょっと時間が長かったような気もするけれど、これは子供達に観て欲しい作品だ。

 

2011年10月 2日 (日)

忘れられない遠足の記憶

 秋も深まってきて遠足シーズンになってきた。実は40年近く経った今でも忘れられない、いや、ある種トラウマになっている遠足がある。小学校の5年の時だった。当時、私は釣りが好きで近くの川では鮎釣りに嵌り、時々近所のおじさんに連れられては沼津内浦湾での船釣りを楽しんでいた。

 遠足はまさにその内浦湾にある三津水族館(今の三津シーパラダイス)がメインでその周辺スポットをバスで回る日程だった。私は水族館にも行ったことがあるし、上述のとおり内浦湾自体も何度か行っているので、あまり乗り気ではなかった。ところが日程表を見て”これは?”と引っ掛かった。お昼時間が2時間程度とられているのだ。釣り好きな私は、”どうせなら、この時間を利用して釣りをしたいな♪”と思ってしまった。

 子供心にも勝手に釣竿なんてもっていったらマズイだろうと、担任の先生に気軽に相談してみた。そうしたら、あっさり許可してくれたではないか。そこで有頂天になってしまった私はクラスメートに話してしまったのだ。ここから学年を揺るがす大騒動に発展していく。最初は話した数名が”俺も一緒にやろうかな”程度だったのが、だんだん話が広がっていき、最終的には「遠足で釣りをやるから、皆、釣り道具を持ってくるように」なんていうことになっているではないか。

 当然、親達は学校に対して「何で遠足で釣りを?」とか「どんな道具を用意すれば・・・?」という問い合わせをするし、PTAでも問題になっていく。多分、担任の先生も対応に四苦八苦しただろう。とうとう私の親も呼び出される。私は何の悪気もなかったのに、話がどんどん膨らんでいくが怖くなった。結局、釣りなんていう話は取り消しになり一見落着。担任や親は私を叱ることはなかったけれど、私自身は相当堪えた。そのせいか、担任の先生には「今から1年間は竿を握りません」と宣言したことを覚えている。

 その担任の先生も数年前亡くなったと聞く。先生自身も釣りが好きだったようだし、私があまりにも一生懸命話したから、お昼休みぐらい良いだろうと認めてくれたのだろう。本当に良い先生だった。私も一人だけ抜け駆けして、お昼休みに釣りをしていると、浮いてしまう気がしたので友達に話してしまったのだ。今では笑い話になるけれど、悪気がなくても話がコントロールできないほど、大きくなっていく怖さは心のどこかに染みついている。

 

2011年10月 1日 (土)

回復の兆しが見えてきたかな?

 アキレス腱炎になって、早2年が過ぎようとしている。これまでも全く回復しなかった訳ではなく、昨年の今頃は走れていたし、今年に入ってからは1、2月は月200㎞を超えていた。これで大丈夫だろうと思った矢先に、ふくらはぎかアキレス腱がおかしくなる。3月初めに左ふくらはぎが攣ったような痛みがあり、それがずっと続いていたから、なかなか走り込みが出来なかった。

 それでも、山中湖ハーフ、西湖20㎞、火祭り10㎞、巨峰の丘10㎞には出続けた。ただし、ゴールに辿り着くのがやっとだったけれど。とにかく練習をちょっとやり過ぎると、ふくらはぎかアキレス腱がおかしくなるから、なかなか距離を延ばせない。すると運動不足で太る、余計走れない、という悪循環に嵌っていた。

 ようやく涼しくなった彼岸明けぐらいから、脚の調子とともに気力も蘇ってきた。恥ずかしながら暑いのと、上り坂は超苦手だ。だけど、2週間後には甲州フルーツマラソン(ハーフ)なんていう、これもアップダウンの激しいレースに出ることにしているし、来月20日には、新東名マラソン(フル)にも出ることにしてしまった。新東名は開通してしまったら2度と同じコースは走れないので、欲が出てしまった。自分でも無謀だと思う。

 私のような素人でしかも太った人間にとっては、とにかく練習量(距離)が全てだ。いろいろな練習方法はあるけれど、その練習をやる以前の問題だからだ(笑)。私が以前、嵌っていたスキーやゴルフは技術さえ身につければ、ある程度ごまかしがきく。でも、マラソンは駄目だ。私のレベルでは一夜漬けなんてもってのほか、日頃の生活習慣は勿論、ちゃんと練習を積まないと命に関わる。だから、たとえ途中で歩いてしまっても、ゴール出来た時は結構、嬉しいものだ。出来れば歩かずにゴールしたいのだけど、まだその壁が破れていない。そのためにはまずは身体づくりだな。走り込んで減量しなければいけないのは言うまでもない(笑)

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