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2011年11月25日 (金)

飯舘村住民懇談会を聞いて思うこと

 おそらく明日の新聞紙面には載らないと思うけれど、今夜、飯舘村で住民に対する説明会があった。除染した土の仮置き場として小宮地区を使わせてもらいたいということだった。昨年までなら、小さな村の懇談会なんて見れなかったのだが、IWJのおかげで可能になった。とても有難い(またカンパしないとw)

原発事故以降、行政と住民との話し合いを何度か見てきたが、いつも平行線で終わる。個人的には不満のガス抜きと、話し合いを行ったという既成事実を作るということが目的としか思えない。とても切ない内容だ。行政側は言質を取られないように回りくどくしかも曖昧にしか答えないし、住民側に諦めさせようとしているのがミエミエだ。

 今夜の懇談会もそうだ。住民側は村長を叩いても仕方のないことは分かっている。会場には内閣府と環境省の役人がいたけれど、村長は国側に立った回答がベースになっているから、とても歯がゆい。二言目には村に帰るには除染だという言葉出てくる。

 住民側は、除染もそうだが、移住という選択肢もあるだろう?ということも言っている。もはやチェルノブイリと同等の放射能汚染がある地域だ。住民だってわかってる、除染には限界があることを。そして数十年は安心して帰れないことを。本来なら国と東電が責任を持って除染し線量が下がってから帰還するのが筋だ。村の計画では1mSv/年を目指すとなっているのに、それを国の役人が2年間で現在の50%削減などと言ったから、怒号が飛び交うのも無理はない。

 今、主に土壌を汚染している物質はセシウム134と137だけど、134の方は半減期が2年だ。しかも、134と137の割合は1:1。つまり、除染して線量が半減したのか、単に半減期が来たから減少したのか分からないということだ。国側の説明は詭弁である。役人は同じ民族と思ってはいけないような錯覚に陥る。酷い話だ。少なくともいつまでにどれくらいの線量を下げるのかという目標と出来なかった場合の補償の積み増しがなければ、誰も納得できないはずだ。

 8月の末、南相馬にボランティアへ行く途中、飯舘村役場まで行ってみた。昨年までなら青々とした田んぼが、雑草の生い茂る荒地になっていた。そして、ほとんど人も見かけない。役場の線量計は3μSv/hぐらいだった。言葉が出なかった。私ならもうここには住めない。誰のせい?表向きは国と東電だけど、電気を使っている我々関東圏の人間にもその責任の一端はある。

 どうしたらいいのだろう?戻りたい人、出ていきたい人、結局は住民の判断に任せるしかない。ならば国はどちらの方にも支援すべきなのではないだろうか。原発事故というのが、どれほど恐ろしいものか、徐々に分かってきたような気がする。

 

 

 

 

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