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2012年2月

2012年2月29日 (水)

【サッカー日本代表】今夜のウズベキスタン戦には負けてしまったけれど…。

 W杯アジア3次予選、日本対ウズベキスタン戦はホームの日本が負けてしまった。個人的には全体的に動きが悪かったような気がする。今、リーグ戦を戦っている欧州組を主力で使ったのが原因かもしれない。昨日、来日して今夜試合では、なかなか難しい。まあ、シード権が取れなかったとはいえ3次予選は突破しているんだから、今夜の試合を反面教師にして最終予選は必ず突破して欲しい。

 ここで、ちょっと視点を変えてみる。総じて考えれば日本のサッカーも以前に比べれば相当強くなったものだ。今年でJリーグ発足20年になるけれど、当時は日本代表と言えば、選手の違いがそのまま戦力の違いになっていた。だけど、今は監督が目指す戦略に応じて選手を集めることが出来ている。しかも、特定の選手が抜けても、著しくレベルが落ちるということは無くなったような気がする。それもこれもJリーグの人材育成システムが機能しているからだろう。

 確かにW杯に出場できるようになってサッカーの底辺は広がった。子供の頃から将来はW杯のピッチに立つことを夢見て努力している。その中から、優秀な選手がJリーグの下部組織に入り、揉まれていく。実力が認められれば海外からのオファーもあり、選手が海外に移籍しても、その穴を埋める選手は必ず出てくる。好循環だ。惜しむらくはJリーグ自体の観客数がもっと増えて、経営的にも安定することが達成できていないという点か。

 とは言え、他のアジア各国もレベルは向上しているし、まだまだ欧州や南米諸国との対戦では分が悪い。このシステムが機能し続け、スポンサーからの資金提供も続けば、いずれはW杯での上位進出もみえてくるだろう。願わくば、私が生きているうちに表彰台に上る日がきて欲しい。

 

 

 

 

2012年2月28日 (火)

「あさま山荘事件」から40年

 今日、2月28日は40年前に起こった「あさま山荘」事件が終結した日だ。私は8歳だったけれど、あの鉄球が振り回されるところや、激しい銃撃戦はよく覚えている。でも、月曜日で学校があったはずなのに覚えているのは、何度も繰り返し見たからなんだろう。

 そして今から十数年前、現場指揮官だった佐々淳行氏の本を読んだのをきっかけに興味を持ち、連合赤軍に関係する書籍や映像に触れることになった。特に山荘に立て籠もった坂口弘死刑囚の「あさま山荘」はかなり読み込んだ。あの日、山荘の中でどんなことが行われていたかが詳細に書かれているからだ。そして、衝撃だったのは、あさま山荘の銃撃戦ではなく、そこに辿り着くまでに行われたリンチ殺人だった。「革命」を標榜する彼らが、何故、仲間を12人も殺めなければならなかったのか、不思議で仕方なかったのだ。

 元々、思想の違っていた革命左派(のちの京浜安保共闘)と赤軍派が合併したところに問題があったのだろう。結局、何度読み返しても理解できなかったが、「総括」という言葉は印象に残った。なぜなら、総括要求された同士は全て亡くなったからだ。逆らえば勿論のこと、正直に話しても許されなかった。そのリンチの凄惨さは恐ろしいの一言に尽きる。山岳アジトにいたメンバーも「次は自分か?」と戦々恐々とした気分だったと推測できる。今のイジメの構造と似ている。リーダーの永田洋子と森恒夫に睨まれたら最後なのだ。

 とても歪んだ構造だったが、それでも生き残ったメンバーが決死の厳冬期裏妙義縦走を成し遂げ、あさま山荘に立て籠もり壮絶な銃撃戦を行った。本来なら人質を盾にとって脱出を試みるのが当然だが、それをしなかったのは、まるで闘うことに意義があったように思えてしまう。これがリーダー達の唱えた「殲滅戦」なのか。40年経った今、彼らの本音をいろいろ聞いてみたい。

 

 

 

2012年2月27日 (月)

【東京マラソン2012】なにも丸坊主になる必要はないんじゃないの?

 昨日の東京マラソンで不本意な成績だった公務員ランナー川内優輝選手が、今日、丸坊主姿で記者会見場に表れた。「応援してくれた人がたくさんいた。何らかの形で誠意を示したかった。」という心境らしいのだが、そこまで追い詰められていたのかと思うと、気の毒に思えてしまう。

 彼が昨年の東京マラソンで日本人1位となり、にわかに脚光を浴びるようになった。こうしたエリートランナーの大会では、今までは実業団所属ランナーの独壇場だったのに、箱根駅伝経験者とはいえ公務員ランナーがそれに打ち勝ったからだ。それ以来、マスコミも「市民ランナーの星」などと持ち上げてきた。私も鈍足ながら市民ランナー(笑)。練習時間の制約もある選手が、専門にやっている実業団の選手達を喰う姿は感動を覚えた。

 こうやって、マスコミにチヤホヤされると成績を落としてしまうパターンが多いのだが、彼は昨年末の福岡国際マラソンでも日本人1位を奪った。それでも、この大会はあくまで練習で、本番は東京だと言い、出来れば7分台を出してロンドンの切符を獲るんだと意欲満々だった。記者会見でも意気軒昂だったようだ。多少なりともリップサービスがあったのかもしれない。

 しかし結果は2時間12分台の14位。正直言って、本人にとっては惨敗だろう。福岡の成績も10分を少し切ったぐらいだから、五輪出場は厳しくなった。本当に悔しくて仕方ない心境だろう。そうした思いを払しょくするための丸坊主だったのかもしれない。でも、よく考えれば、彼はまだ24歳だし、これからまだ伸びる可能性が十分残されている。今回ロンドンへ行けなかったとしても、次のブラジルを視野に入れても良いのではないだろうか。決して諦めて欲しくないし、今のスタイルで陸連の偉いさん達をぎゃふんと言わせて欲しい。いつか同じレースに出てみたいな(^'^)。

2012年2月26日 (日)

「東京マラソン2012」テレビ観戦していて思うこと

 「東京がひとつになる日」と謳われる東京マラソン2012が開催された。私は2007年の第1回と翌年の第2回大会には奇跡的に抽選に当たり出場することができたけれど、それからは4回連続外れている。だから、今年もテレビ観戦だ(涙)。しかも、午前中は仕事だったためエリートランナーの部は観れず、一般参加ランナーの部の中継を観た。

 テレビ中継はフジテレビと日本テレビが交互に行っている。(何故かフジの中継の年は雨模様になっているような気がする。)一般ランナーの模様を最後まで映すようになったのは嬉しいことだけれど、どちらの局も芸能人を走らせて、感動的なドラマ作りをしようとしているのが見えてしまって嫌だ。

 まあ、市民マラソンを知らない人には、知名度の高い人が走っている人の姿をメインにして、その素晴らしさを伝えようというつもりなのだろう。始まった当初はそれで良かった。しかし、今回で6回目なのだからその役目は終わったと思う。個人的には、ポイント、ポイントで参加者にインタビューするとか、走りながらの実況生中継の方が興味が湧く。実際、今回もユーストリームを使って実況中継されている方がいたようだ。映像は良くないが臨場感溢れるレポートになっているし、レースの裏側も見られるので観ていて楽しいのだ。

 実際参加したことがあると、残念ながら、テレビ中継では物足りない。もっと、もっと多くのドラマが様々なところで展開されているからだ。今でも思い出す。2007の時は雨で寒くて、しかも給食もなくて、ひもじい思いをしながら走っていた。足の裏は数か所皮がむけ、もうヘロヘロだ。そんな時35㎞地点手前の私設エイドで暖かいお茶を頂いて生き返った気分になれた。涙が出るくらい、人の温かさを感じたものだった・・・。やはり、もう一度、出たいな。あの怒号ともとれる声援の中を走りたい。まるで自分が主役になったような気分になれるのだから(笑)

 

 

 

 

2012年2月24日 (金)

「数学、基本理解しない大学生も…」のニュースを聞いて思うこと

 私も文系で微分、積分なんて殆ど分からなかったから、大きなことは言えないけれど、このニュースには唖然とした。http://bit.ly/A5JiKE 大学生の学力低下はいろいろなところで言われていたが、それが明確になったということか。

 だけど、この記事の中にある「日本数学会では、調査を受けた大学生はいわゆる「ゆとり教育」世代で、学ぶ内容と時間が少なかったことや、学力試験のある一般入試を経ている学生は半数にすぎないことが、数学力低下の背景にあると分析しています。」という部分については、首をかしげてしまう。

 私も中学を卒業するまでは数学は得意の科目だった。(今だから話せるけれど、神奈川県では中学2年の3学期にアチーブメントテストというのがあって、数学は満点だった。もっとも偏差値は低かったから、満点の学生は多かったのだろうw)。けれど、高校に入って駄目になった。

 私の理解力がなかったこともあるけれど、それまではそんなことはなかったのに、先生が授業で話していることが理解出来なくなってきた。そして、授業が苦痛になる。テストの成績も振るわない。中間試験の時、生まれて初めて零点をとったかと思い、答え合わせ時間は解答用紙を見れなかったくらいだ。何せ平均点が100点満点中10点台なのだ。幸い、中間点が考慮されて10点だったけれど、それでも、かなりショックを受けた。もともと理系に進みたかったが、このことがきっかけとなり断念せざる負えなくなった。

 そういう経験もあるから、私は数学力を上げようとするならば、まず教師の教え方を変えて欲しいし、カリキュラムも変えるべきなのではないかと思う。今の殆どの大人が高校で習った数学なんて意味がなかったと感じているのではないだろうか。「行列」、「三角関数」、「微分」、「積分」、残念ながら、実生活とは無縁のように思えてしまう。だけど、知っていれば実生活でも問題解決に繋がる場合がきっとあるんだろう。そういうことをちゃんとアピールしてくれていたら、もっと真剣に取り組んでいたかもしれないのに、とても残念だ。

 数学は積み重ねなので、一度つまずいてしまうと、その先が進めなくなってしまう。だから小学生の算数の時いかに面白いと思わせるかが、そして、中学生になったら、分かること、解けることの喜びを植え付けることが重要なことのように思う。文科省、および先生方には、こういうことを真剣に考え、実行に移して欲しいと願うばかりだ。

 

2012年2月23日 (木)

橋下大阪市長が、小中学生でも学力が低ければ留年を検討すべきという件について思うこと。

 「橋下市長、小中学生でも学力が低ければ留年検討」http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20120222-OYT1T00501.htm?from=top

 多分、賛否両論渦巻く提案だ。市長の言い分としては、「分からない授業を受けるくらい苦痛なことはないのだから、分かるまでちゃんと教えてあげるのが良いのでは?」ということなんだろう。

 確かにそのことが原因で非行に繋がる場合もあるから、この提案には一理あると思う。ただ、出席日数が著しく少ない場合を除いて個人的には反対だ。今まで同級生だった友達が後輩という立場になるんだ。特に小学生の場合、この段階で劣等生というレッテルを貼られてしまうと、おそらく本人の向上心も阻害しかねないし精神的なダメージも大きいだろう。また、同級生から馬鹿にされることに繋がり、ひいてはイジメの対象になりかねないと思うからだ。

 科目毎の習熟度別クラスや補習を充実させることで対応できないのだろうか。この方法も劣等生のレッテルを貼ることになるけれど、それでも一学年下になるよりはショックは少ない。

 まあ、何かと注目を集める橋下市長が現在の教育に一石を投じた意味は大きい。おそらく国民的議論を起こしたくて、こういう提案をしたのではないか。なかなか意見を集約することは難しいけれど、将来ある子供たちにとって一番最良な教育方法は何かを考えるきっかけにはなった。

 

 

 

 

2012年2月22日 (水)

だんだん社会が荒んでいく。

 昨日から今日にかけて、身に詰まされるニュースが2つあった。「男女3人餓死?http://bit.ly/yQ3MBf」と「元ワタミ社員、過労自殺認定」である。

 一つ目のニュースを悲しく思ったのは、今は確かに不況の真っただ中だけれど、いい大人3人が餓死するようなことがあったということだ。そう言えば、2週間ぐらい前にも札幌で60代くらいの姉妹が餓死した事件があったような気がする。何とか防げなかったのか。でも、私もアパート住いで隣の部屋の人のことは全く知らないのだから、大きな物音でもなければ気にすることはなく、報道で初めて知るということになるのだろう。

 こういう悲劇を防ぐ方法があるとすれば、ライフラインである電気、ガス、水道を料金未納で止める際に、実際現地に赴いて本人の意思を確認することぐらいしかないのだが、それを義務化することは出来ないから、結局、本人が役所に窮状を訴えて生活保護を求めるしかないのか。あるいは行政に任せるのではなく、自衛組織でも作って定期的に訪問していく方法ぐらいしか、自分には思いつかない。

 二つ目のニュース、私も精神疾患が元で前職を辞めたから、この関連記事を読んでいて涙が出るくらい悲しくなった。多くの人が褒め称える経営者かもしれないけれど、結果的には若く前途ある女性を死に向かわせてしまった。それなのにtwitterでは「労務管理は出来ていた」ようなことを発信している。もはや言葉がない。

 この二つのニュースで感じたのは、「結局、弱者は切り捨てられる」ということだ。私も騙された口だが構造改革と称した政策に乗っかり、普通に闘えないような人達に対してまで過度な競争を強い、強いものはより強くなり、弱いものはより弱くなるような社会にしてしまった。努力すれば報われると信じていたけれど、結局は既得権益のある者、既に社会的地位を築いている者だけが、より報われているような気がして仕方ない。

 こういう歪んだ社会を正して欲しくて政権交代を希望したのに、それすら騙された。これから先は、もっと格差が拡大し荒んだ社会になっていきそうだ。怖い事件が起きなければ良いが…。

 小さくても良いから希望を持てる社会にしたい。どうしたらそれが実現できるのだろう。犠牲になられた方々のご冥福をお祈りします。

2012年2月20日 (月)

「光市母子殺害事件で元少年の死刑が確定」のニュースを聞いて思うこと

 もう事件から13年、ご遺族の本村さんも、これまでさぞ辛かったことだろう。ようやく一区切りがつけられたのではないだろうか。とりあえず、お疲れ様でした、と言いたい。そして、気味の悪いくらい各メディアが一斉に実名報道に切り替えた。でも、2ちゃんねるなどの掲示板を見ていれば、とっくに実名が出ているし、犯行内容についても詳細に書かれているのだから、個人的には”何を今さら?”感がある。

 この事件で問題になるのは少年に対する死刑の是非だけではなく、死刑制度自体の賛否にまで広がっているような気がする。いろいろな意見があるけれど、個人的には死刑制度には賛成だ。(ただし、冤罪の可能性が100%ない場合に限る)

 確かに、死刑があるからと言って凶悪犯罪の抑止力にはならない。でも、被害者側からすれば鬼畜の所業をした人間が、たとえ自由はなくなるとはいえ、寿命を全うできるというのは耐えがたいことだと思う。それに受刑者の立場としても、一生拘束され続けることの方が残酷な仕打ちのようにも感じてしまう。

 元少年の弁護士さん達は、少年法の精神等を持ち出して、判決に不服の意見を述べているけれど、被害にあった側にとっては、自分の家族を殺した相手が未成年であろうがなかろうが関係ないのだ。そして犯行内容をみれば鬼畜の所業であることに間違いはなく、18歳で未熟な精神状態だったにせよ、一度の過ちで済まされるような犯罪ではない。したがって、これだけのことを犯してしまった人を更生させて、いずれは社会復帰ということが許されるのかと言われれば、”良い”と断言できる人は限りなく少ないと思うのだ。だから、極刑はやむ負えないということに行きつく。

 以上が現時点での私の思いだが、これも賛否両論あると思う。いずれの立場にせよ、被害者遺族の本村氏の言うように、この判決をきっかけに、死刑制度の是非を始めとしたいろいろな意見が交わされて、こういう悲しい事件が起きないような社会を目指す方向に行って欲しいと願うばかりである。

2012年2月19日 (日)

「関電原発、20日にも全基停止=稼働中、全国でわずか2基へ(時事通信)」の記事を読んで思うこと

 いよいよ、明日、関電の原発が全基停止するようだ。http://bit.ly/zbk909でも、その割には去年の夏前のように「電気が足りな~い!、節電!、節電!」というような騒ぎにはなっていない。本当に原子力発電が日本の電力の3割を占めているのなら、もうとっくに許容量はオーバーし、大停電の毎日が続いているはずだ。なのに、そうなっていない。私を含めて皆、おかしいことに気づいたのではいか。

 私の嫌いな枝野経産大臣も、先日の記者会見では原発が稼働しなくても、この夏は乗り切れそうだというようなことを言っていた。今は節電云々より、電気料金の値上げの方に関心が移っているような気がする。これだって、総額原価方式で計算するからではないかと誰でも思うようになった。

 例えば、仕出し弁当屋さんなら、一度、食中毒事件でも起きれば、たちまち潰れてしまう。しかし、未だ帰宅の見通しすら立たない人達が数万人もいるような事故を起こした企業の場合は、潰れないばかりか、企業年金は温存し社員のボーナスまで支払い、しかも足りない部分は国からの援助を求め、尚且つ、料金値上げまで認めさせようとしているのだ。しかも、情報開示は満足にされていない。確かに電力は重要だけど、こんな不公平なことを許していいのか?

 そして、一度、事故が起これば、いつ帰れるかわからないばかりか、満足な補償もうけれらない状況をみせつけられて、原発を抱える地域の人が簡単に「再稼働」を認めるだろうか。しかも「再稼働容認」にお墨付きを与えたのは、今回の事故でも何ら役立つことはなかった感のある「原子力安全保安院」だ。

 少なくとも福島第一原発での放射能漏れが収まって、納得のいく事故原因が分かって、その対応策や補償の在り方が示されないと、「うん」とは言ってくれないのではないか。一度壊れた信頼関係を元に戻すのは難しい。全ての原発が止まることを見越して、今年も節電して乗り切る必要があるのだろう。

2012年2月18日 (土)

「トマト騒動」について思うこと

 古くは「紅茶キノコ」、そして近年では「スキムミルク」、「納豆」、「ヨーグルト」等々、遡ればきりがないのかもしれないけれど、日本人て権威に弱いのか、あるいはマスコミが取り上げるからなのか、こういうブームがよく起こる。今回は「トマトから脂肪肝、血中中性脂肪改善に有効な健康成分を発見:効果を肥満マウスで確認」というニュースが発端で、トマトやトマトジュースが飛ぶように売れているらしい。

 まあ、研究成果は否定しないけれど、こういうブームが長続きしないのは、その効果が短期的には現れないからなのだろう。私自身はメタボ体型だけれど、何か特定の物を飲んだり食べたりして痩せることができたり、生活習慣病予備群が解消されるわけはないと思っている。だから、こういうブームには乗らない。

 健康を維持する基本的なことは、規則正しい生活とバランスの取れた食事及び適度な運動、そしてストレス解消を行うことに尽きる。私が太っていて、中性脂肪値が高いのは、やはり運動不足からきていることは間違いない。早く腰痛を緩和して走らないといけない。

 今回のトマト騒動に限らず、”これが健康に良い”とか”これが正しい”という報道を各社揃って一斉に流すとこういう現象が起きるような気がする。もう少し冷静に判断して行動する必要があるのではないだろうか。

 

 

2012年2月17日 (金)

「陸山会事件」で大半の供述調書不採用なのに、まだ裁判を続ける気?

 今日、東京地裁で開かれが資金管理団体「陸山会」の収支報告書虚偽記入事件の公判で、元秘書の検察官調書の証拠採否が決定で示され、石川知裕衆院議員(38)が元代表との間の「報告・了承」を認めた全ての調書が不採用となった。(東京新聞)

  先日の公判で石川氏の調書がねつ造だと発覚したのだから、いくら検察と仲の良い裁判所だって認める訳にはいかなかったんだろう。仮に調書がねつ造ではなかったとしても、こうなるのは当たり前のことだ。もし特捜検察が自信をもって立件できると判断したら自分達でやっていたはずの事件なのだ。それでも検察審査会にねつ造調書まで出して、審査員を誘導して起訴に持ち込んだのは、小沢氏の政治力を低下させる狙いがあったと”推認”されても仕方ない(笑)。

 検察官役の指定弁護士の方々は、こんなに証拠が不採用になっても、まだ裁判を続ける気なのだろうか。これが普通の事件なら、とっくに降りていると思うけど、強制起訴された事案だから続けざるおえないのだろうな。そしてマスコミの論調も変わりつつある。なにせ彼らは強い立場の味方。この20年間、”小沢は悪人”を国民に刷り込み続け、事件が発覚するや検察リークを垂れ流し印象操作を行った。立証責任があるのは検察側なのに、未だにネット上では4億円の出所云々言う輩もいる。もし小沢氏に無罪判決が出たら、どういう反応をするのだろうか。

 もっとも、秘書3人の事件でも多くの供述調書が不採用になりながら、裁判官の推認で有罪になったので今回もどういう判決が出るか分からない。村木事件や陸山会事件を通して私のような素人が分かったことは、この国には三権分立なんて本質的にはないということだ。裁判官だって公務員、検察官だって公務員、しかも判検交流などもあって司法と行政が繋がっているからだ。そうでなければ、満足な証拠も供述もなかったのに有罪なんてことになるわけがない。完全に魔女裁判化している。とても恐ろしいことだ。

 今回の裁判は果たしてどういう結末を迎えるか、冷静にその推移をみていきたい。

 

 

 

2012年2月15日 (水)

【MEDIAS PP】ナビゲーションシステム「ナビ」を試してみた。

 今日、たまたま静岡市内の某所に行く機会があった。初めて行く場所である。私の車にはカーナビがついていないので、こういう時は、あらかじめグーグルマップで検索し、大まかな地図と現場付近の地図をプリントアウトして持って行く。そして信号名や目印になる建物等は地図の余白に書いておいて、何らかの拍子で停車する際にチェックしながら、目的地に向かうのである。

 今回は、MEDIASの「ナビ」を試してみることにした。心配なのは電池。これは社内シガレット電源から引っ張るアダプタを用意した。ただ、どれくらい電池が持つのかをチェックするために、それは電池残量が20%くらいになるまでは使わないことにした。

 目的地は清水ICから20分程度の位置にある。富士川SAでヘッドセットを装着し、目的地を指定する。と、音声案内が流れてくる。そして、渋滞箇所らしき所や所要時間も35分と表示されている。普通のカーナビとほとんど変わらない。ただ、問題なのは運転中はよそ見運転になるから、そう見る訳にはいかないことだ。でも音声案内があれば何とかなりそうだ。

 清水ICを下りると本格的にナビが働く。一応、土地勘がないわけではないのだが、3年ぐらい来ていないと街の景色が変わっているから、多少戸惑う。信号で止まるたびにチェック。ナビに慣れてないせいか、「この先の分岐を右方向」という場合と単に「この先を右折」という指示を混同してしまいそうになる。住宅地の中に入っていく、だんだん道が狭くなり迷路のようだ。地図で想像する雰囲気とは全く違う。でも音声案内は目的地まで完璧に誘導してくれた。時間もほぼ正確だった。カーナビなら当たり前なのだが、これがスマホのアプリで出来てしまうことに感激した。

 約40分の使用で、電池は20%ぐらい消費していた。本格的に使用するなら、やはり、シガレット電源から引っ張った方が良いかもしれない。ただ、今回のように、あらかじめ目的地付近の著名な場所を調べておいて、そこから細かいところは「ナビ」に任せるという方法をとれば、電池残量を気にしなくても良いのではないかと思う。いやはや、スマホのナビ恐るべしである。車載用ホルダーの購入を検討しよう。

2012年2月14日 (火)

怖いと思うのは自分だけ?「維新の会政治塾に3000人以上が応募」

 今や飛ぶ鳥を落とす勢いの橋本大阪市長。次々と公務員の既得権益にメスを入れているようにみえる。これは拍手喝采だ、よくやっている、という人も多い。私自身、これだけ官民格差があるのだから、その不条理を正すという方向は認めている。

 そして、次期衆院マニフェスト?「船中八策」も公表した。 柱は、(1)統治機構の再構築(2)行財政改革(3)教育改革(4)公務員制度改革(5)社会保障制度改革(6)経済政策(7)外交・安全保障(8)憲法改正の8項目。なお細部についてはよく分からないけれど、TPP参加なども含まれているようだ。

 この項目だけを見ると、なるほど、既存政党が掲げていたものとは一線を画している。ひょっとしたら、今の閉塞感から抜け出せるかもしれない。一瞬、そう思わせる。だけど、民主党のマニフェストでもそう感じて信じてしまった自分としては、簡単に信じることはできない。(そもそもTPP参加と謳っている時点で支持は出来ないけれど。)

 私が維新の会を怖いと思うのは、やはり、ナチスを意識してしまうからだ。もはや既存政党に期待感が無くなってしまった。誰が首相をやっても同じ。マニフェストは詐欺。もう政治というものに全く信頼が出来ない。しかし、過激でもいいから現状は変えて欲しい。こういう状況になると、カリスマ的指導者を要望するのは自然な流れだ。何となく嫌な方向に進んでいないだろうか。私の取り越し苦労であることを願う。

 

2012年2月12日 (日)

天皇陛下が心臓冠動脈のパイパス手術を受けることのニュースを聞いて思うこと。

 宮内庁は12日午後、天皇陛下について「心臓の冠動脈のバイパス手術をお受け頂くことが適切」だと発表した。(朝日新聞)

 おそらく、この手術を知らない人は相当不安に感じるだろう。ただ、陛下と同じ歳の私の父も6年前にこの手術を行って、今では毎日、数千歩、歩けるくらい元気に生活できているのだから、発表通りの病状なら問題ないと思う。

 私も最初は不安だった。定年後、一度はカテーテル手術を行って冠動脈を広げたことがあり、それ以降、定期的に検査をしていた。でもやはり体質なのか、またしても狭窄部分が見つかった。そして長男の方も一緒に話を聞いて欲しいと言われ、病院のカウンセリングルームに通された。インフォームドコンセントだ。

 心臓の模型とパソコンのモニターを見ながら、「お父さんは、この3か所が狭くなっていて、このままだと心筋梗塞になる可能性があります。狭窄箇所が3か所もあるので、前回のようなカテーテルではなくバイパス手術の方が良いでしょう」との説明があった。

 私は小説「チームバチスタの栄光」とかドラマの「医龍」なども観ていたから、あまり驚かなかったが、現実問題として自分の父親が心臓手術を受けるとなると、真剣聞き、そして、いろいろ質問した。手術の成功確率は98%ということと、また、心臓を止めないので術後も回復は早いだろうということで安堵し手術に至った。ただ術中、映像では見えなかった部分がもう一ヶ所詰まっていて、そこもバイパスしたので、予定より時間がかかってしまったという想定外の事態はあったが、無事成功した。

 術後、麻酔が覚めた後、集中治療室に入った。痛々しい姿ではあったが、しっかりと受け答えしていたので安心した。(でも後で知ったことだが、本人はそのことを記憶していないらしい。) そして、2日後には一般病棟へ戻り、3日目ぐらいからは簡単なリハビリが始まった。それから1週間ぐらいで退院できたのだ。医学の進歩というものを肌で感じたものだった。

 陛下の場合、おそらく日本で指折りの執刀されるのだから、手術自体に問題はないだろう。ただ、もう80近くになるのだから、現状の公務をもっと減らしてあげるように出来ないものか。あるいは引退という形をとっても良いのではないか。このことは宮内庁や国会議員も真剣に検討して欲しい。

 

 

 

2012年2月11日 (土)

「さよならVHS」の記事を読んで思うこと

 この記事を読むまで、現在でもVHSビデオレコーダーが作られていることを知らなかった。ついに終了なんだ。これも時代の流れだからしかたないけれど、また、一つ昭和の火が消えるのかと思うと少し寂しい。http://sankei.jp.msn.com/economy/news/120210/biz12021014430018-n1.htm

 確かVHS開発秘話については、NHKの「プロジェクトX」でも取り上げたと記憶しているし、また、10年前ぐらいには、「陽はまた昇る」というタイトルで映画化された。そして、日本ビクターという会社自体も別の形になっているとは知らなかった。

 私がVHSビデオレコーダーを買ったのは社会人になってからだ。それでも当時のお金で3万円ぐらいしていたと思う。レンタルビデオ店も至るところに出来た。でも、その隆盛は10年は続かなかったんじゃないかな。DVDが登場したからだ。そして、あっという間にビデオからDVDにとって代わられた。そして、DVDもブルーレイに移行するかどうかの瀬戸際にある。こういうことで時代の移り変わりが分かる。

 ただ、音楽がレコードからCD、そして音楽配信へと変わっていったように、映像関連もネット配信へ着々と進みつつある。回線が高速化しDVD並みの高画質が保証されるようになれば、その流れは一気に進む筈だ。私自身が生きてきた中でも、これだけの変化があるのだ。これから先どういう風に変わっていくのか、出来るだけ長生きしてその変化を体験してみたい。

2012年2月10日 (金)

写真の苦い思い出。

 知り合いの社長と写真のクラウドサービスについて話していたことがきっかけで、小学校時代の苦い思い出が甦った。このブログにも小学校時代のことをいろいろ書いてきたけれど、楽しい事ってなかなか覚えていないものだ。

 それは修学旅行で日光へ行ったときの話だ。今から40年近く前、カメラなんてものは普通の小学生には手の届かないもので、一家に一台あるかないかという代物だった。それでも修学旅行ということで、家にある古いカメラを持っていった。

 お調子者だから、一端のカメラマンになったつもりになっていたのかもしれない。そもそも何を撮ったらいいのか分からなかったのだろう。結局、絵葉書でも買った方が良いようなありふれた風景の写真ばかり撮っていた。これだけなら実害はない。だけど、当時も心霊写真ブームのような風潮があって、それにすっかり感化された私は、今で言う、心霊スポットのような所ばかり撮ってしまったのだ。

 家に帰ってきて、フイルムを写真店に持って行った。現像だけしてもらい、後で写真にしてもらえば良かったのだが、出来上がってきたのは、同じように映っている華厳の滝約20枚を始め、竜頭の滝、湯滝などの写真が大半を占めてしまった。当時のお金で8,000円ぐらい掛った。当然、親からは大目玉だ。私自身も深く反省し、それ以来、長い間、自分自身でカメラを手に取ることはなかった。ようやくその呪縛から逃れたのは、フィルム付写真機が普及し始めてからだ。

 そして、今はデジカメの時代。いやスマートフォンでも高画質の写真が簡単に撮れる。何枚撮っても不要な写真は簡単に削除できる。良い時代になったものだ。

 

2012年2月 8日 (水)

今日、新しいスマホ(MEDIAS PP)で試したこと

 今日、仕事は休みだったので、音楽でも聞きながら掃除をすることにした。MEDIASはmicroUSB端子のみなので、3.5mmプラグのヘッドフォンを使う場合には変換アダプタが必要となる。私にはXPERIA付属のヘッドフォンがあったので、このアダプタを購入し繋いで再生してみた。音が流れ出して、すぐおかしいことに気づく。メロディーと歌声が合っておらず、遠く離れたところでボワーンと響いている。数曲聞いたけど同じ反応だ。これじゃぁ全然音楽になってないじゃないか。フラストレーションが溜まる。

 何故だろう。とりあえずXPERIAを引っ張り出して聞いてみた。全く問題が無い。ということは音源自体は大丈夫ということだ。アダプタ接続が悪いのか、それともヘッドフォンか?今度はMEDIASをアダプタ経由でスピーカーに繋いで聞いてみたところ、これなら問題はない。次にPCにヘッドフォンを繋いで聞いてみた。すると、MEDIASで聞いた不具合と全く同じ症状が出たのだ。とすると、XPERIA用のヘッドフォンは他の機器では不具合を起こす可能性があるということではないか。そこで新しくヘッドフォンを購入し繋いだところ、何の問題もなく綺麗に聞けるようになった。これで一件落着だ。

 午後になってYoutube(ユーチューブ)投稿にトライした。他人が撮った映像は何度も再生して観ているが、自分が投稿したことはなかった。私はビデオカメラを持っていなかったし、そもそも動画を撮るような必要性があまりなかったからだ。XPERIAを購入しても、その必要性を感じなかったのでトライしてこなかった。しかし、今度のスマホではその機能を目一杯活用しようと考えをあらためたのだ。

 とりあえず部屋のベランダから見える国道の様子を10秒間ほど撮影した。これは驚くほど簡単だった。問題はアップロード。ファイルを指定して、アップロードボタンを押すが「ネットワークに問題が発生しました」のメッセージが出る。2、3回トライするも駄目だ。仕方なく、一旦、動画ファイルをPCに移してから、アップロードしてみた。すると、初期設定に不備があることが分かり、それを直したら簡単にアップロード出来た。次にMEDIASから3G回線を使ってアップロードを試みたところ数分かかったが上手くいった。(http://www.youtube.com/watch?v=Q2582r6ljYw

 動画配信、理屈では分かっていたけれど、実際、自分がやってみて、ちゃんとできると嬉しいものだ。今度はUSTREAMにもトライしよう。

 

 

 

 

 

2012年2月 7日 (火)

「GKB47撤回」キャッチフレーズなんてどうでも良いから根本的な対策をすべきだ。

 この国って何で根本的な対策を取ろうとしないのだろうか。最初は”GKB47”なんて言われてもピンと来なくて、またぞろAKBの派生グループが出来たのぐらいにしか思っていなかった。そうしたら、国が自殺防止対策キャンペーンの標語として作ったものだと知り驚いた。そして、国会で取り上げられた後、撤回の方針となり、作ったポスター25万部を回収するという。あまりにも無駄で馬鹿げた話だ。

 そもそもGKB47とは何かを調べてみると、「ゲート・キーパー・ベーシック」の略でそれを47都道府県で広げていくという意味だそうだ。なお、ゲート・キーパーとは、「悩んでいる人に気づき、声をかけ、話を聞いて、必要な支援につなげ、見守る人」のことらしい。

 だいたい、何故人が自殺しなければならないほどの悩みの原因が分かっているのかな。いろいろな理由が考えられるけれど、毎年3万人も自殺大国になってしまったのは、バブル崩壊以降の経済状況の悪化によるものが大きいのではないのか。私は、企業が生産性を上げることを重視するあまり、過度な労働、ストレスこれらが複合的に重なって、希望を見出せなくなった結果、死を選ぶということになったような気がする。

 だから、本当に自殺防止対策をするのなら、まずはデフレや円高を止めて景気を回復させることが一番大切なことなのではないだろうか。それなのに、何とかの一つ覚えみたいに「税と社会保障の一体改革」などと吠えつつ、相変わらず、デフレを促進する政策を打とうとしている。競争に晒される一般庶民は疲弊し、競争とは無縁の人達が潤う社会になっている。もう今までの延長線上で物事を解決するのは無理で、国の制度そのものを変えていく必要がある。そういうことを民主党は前回の衆院選で訴えて、政権交代したのではなかったのか。

 結局、こんな薄っぺらいキャンペーンでお茶を濁し、”我々はちゃんと対策を打ちましたよ!”とアピールしようとしたのではないかと勘ぐってしまう。とにかく何ら当時の謳った、国民との約束とは違うことをやろうとしているんだから、早急に政権を明け渡すか、国民に信を問うべきだ。

 

2012年2月 6日 (月)

【MEDIAS PP】プレイリストってこんなに簡単に出来るのか。

 Amazonで購入した16GBのmicroSDが土曜日に届いたので、パソコンに保存してある音楽ファイルを順次、MEDIASに取り込んでいる。ガイドブックによれば、WindowsのMedia player から取り込むように書かれていた。だけど私の場合、CDから取り込む際、XPERIAのガイドブックに記されていたSONYのMedia Goを用いたためか、多くのアルバムアートが表示されなかった。そこでMedia GoからMEDIASに送ってみることにした。基本的には機種は違ってもOSはAndroidなので、出来るはずだ。

 パソコンとMEDIASを繋ぎ、Media Goを起動する。この辺りまではXPERIAの時と同じだ。ただ、一点違うところがある。転送先のボックスが”PHONE CARD”ではなく、”名前のないデバイス”になっている。ちょっと不安になったが、「論よりRUN」、とりあえずやってみたところ、ちゃんと音楽ファイルが取り込まれていた。当たり前だが、音もちゃんと出る。…「やれば出来るじゃん(^'^)」

 次にプレイリストが出来るかどうかにトライする。XPERIAの時は、公式HPや各種ブログ、ガイドブックを読んで、いろいろトライしてみたけれど、結局は出来なかったのだ。もともと音楽を毎日のように聞く習慣もなかったから、アルバム単位で聞けるようなアプリを入れただけで満足していた。(今はどうか分からないが、初代XPERIAの純正アプリではアルバム単位で聞けなかった)。

 MEDIASの場合、一旦、アルバム単位で取り込む。曲目を表示しプレイリストにいれたい曲名を長押しすると、ダイアログボックスに”プレイリストに追加”が表示される。そこを押して、ファイル名を指定するだけで取り込めてしまうのだ。何と簡単な事か。単純な私はこれだけで感激してしまった。これで一応、音楽ファイルの操作はマスターしたといっても良いだろう。次は動画にトライしよう。

【追記】最近、特定の商品について褒めるようなことを書いたりすると、すぐにステルスマーケティング(ネット上のさくら)を疑われます。ただ私の場合は著名人でもなく、読んでいる人も影響力も少ないので、それには当てはまらないです。単なる感想を書いています。

2012年2月 4日 (土)

【MEDIAS PP】使用9日後の感想。「May Days」が良い感じだ。

 今日、夕方から横浜の会合に出向いて帰ってきた。時間はおよそ5時間。2年前のXPERIAと比べるのは酷だけれど、やはりMEDIAS PPは電池の減り方が格段に少ない。適宜Twitterやメールチェックをして、Xperiaの時は電池残量が間違いなく50%は割っていたのにMEDIASの方は70%残っていた。今までは電池残量を気にして、いろいろなアプリを使うのに躊躇していたが、これならもっと活用できそうだ。

 また、2月に入って、付属アプリの”May Days”なるものを使うようになった。勝手に日記を作ってくれるアプリだ。お手軽な割に日記が作れてしまうのが嬉しい。今日撮った写真、カレンダー、メール、ショートメール、TwitterやFacebookなど、この端末で記録されたものを一日単位で纏めてくれるのだ。本当に便利。これなら三日坊主になることもない。出来れば、パソコンでも見られるようにクラウド化してくれたら良いのだが…。あっ、もしかすると、そういう仕組みになっているかもしれないから調べてみよう。

 MEDIAS PPで、今のところ、一つだけ難点がある。それはアプリを終了させて、ホーム画面に戻す時、ときどき「きせかえを設定中」という表示が出て、10秒ぐらい画面が止まってしまうことだ。当初の頃はその現象が頻繁に表れてイライラしていたが、いろいろいじっているうちに解消されたように思えた。だけど、未だアプリを使用して何かをするとこの表示が現れることが多々ある。それが、どういう時、出現してしまうのかが分かれば対処のしようもあるが、突然、そうなるのでガッカリする。まあ、たかが10秒程度、そんなに短気を起こさなければ良いかもしれない。

 やはり、新しい機種は良いな。どんどん活用範囲が広がっていくような気がする。せっかく購入したんだから、どんどんトライしよう。

2012年2月 3日 (金)

「山中湖でのワカサギ穴釣り解禁」のニュースを聞いて。

 この冬は例年以上に寒いと言う。今朝は沖縄を除くほとんどの地点で氷点下の寒さになった。ただ、その割には山中湖での穴釣りや、諏訪湖の御神渡りのニュースを聞かないなぁなんて思っていた矢先、穴釣り解禁のニュースが流れた。記事を読むと、去年もやっていたようだ。

http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/yamanashi/news/20120202-OYT8T01039.htm

 山中湖の穴釣り、今から約30年前一度だけ経験したことを思い出した。高校の友人から「親の山中湖保養所に泊まってワカサギ釣りをやるから一緒に行かないか?」と誘いを受けたのだ。家から山中湖までは車で1時間もかからないから父の車で送ってもらったように記憶している。翌朝のことを考えてすぐに寝た。

 朝、起きて氷結した山中湖に入る。天気は晴れていたけど耳も凍らんとばかりの寒さだ。いたる所に簡易テントのようなものが張られている。普通はこの中に入って釣りを楽しむようだ。ところが我々はまだ高校生でお小遣いも限られていて、とてもそんなものを借りる余裕もない。当然露天での釣りだ。幸い、風はあまり吹いていなかった。若かったから耐えられたのかもしれない。

 湖を廻りつつ、さて、どこで釣ろう?しかも、どうやって穴をあけるんだ?準備不足も甚だしい。穴をあける道具を借りるお金もないので誰かが開けた穴を利用することにした。そこから何本もの針に餌をつけて投入する。短い竿を上下に動かしながらアタリを待つのだが、一向に反応しない。タナがあっていないのか、魚自身がいないのか。小一時間粘る。椅子に座っているけど、足元からメチャクチャ冷えてくる。そのうち、何のアタリもないまま、ようやく一匹釣れた。結局、4匹ぐらい釣ったところで寒さに耐えかねて、その場を去った。

 釣りをしたというよりも寒さとの闘いに終始した。だけど、今となっては良い思い出である。その時の友人とは高校を出て以来、音信不通だ。今頃、どれくらい立派になっているだろう。考えてみたら、山中湖は秋には丹沢湖から歩いて行く途中遭難しかけたり、冬は極寒を経験したり、最近では豪雨のロードレースに出たりと、自分にとってはまさに修行の場なのかもしれない(笑)

2012年2月 2日 (木)

紛失した初代Xperiaが発見された…。だけど複雑な心境。

 昨日、先週の木曜日に紛失したXperiaが見つかったという連絡がNTT docomoからあった。もう、すっかり新しいスマホに入れ込み始めているし、前機種はすでに使えなくなっているから複雑な心境になった。でも、ツイッターのあるフォロワーの方から、「通話は出来なくなるけど、Wi-Fi専用機としても使えるし、その他の機能は使えるのでバックアップ機と考えれば良いのではないですか?」とアドバイスを受け、少し気持ちが明るくなった。

 簡単に昨日からの顛末を書いてみたい。まず本人確認の後、docomoの女性から某警察署に保管されていることを聞いた。そして受理番号と製造ナンバーを教えられたので警察に電話した。男性職員が出て紛失した経緯を話す。なんと発見された場所、それは私が紛失したと思ってから探しに行った場所だった。だけど、発見時間は翌朝ということで、きっと物陰に入り込んでしまっていたのだろう。

 今朝、警察署に引き取りに行った。係りの女性に携帯電話の契約書の控えと身分証明書を見せ受領書を書き、約2年使ったXperiaを引き取った。電源を入れてみる。まだ相当電池容量が残っていた。この機種は対象外だったけれど、GPS機能も付いているのだから、自分のパソコンでも位置を検索できるような方法はないものだろうか。何となく申し訳ない気分になった。

 

 

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