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2012年3月

2012年3月30日 (金)

ここまでして柔道を必修化する必要はあるのか?

 4月から中学校で武道が必修化される。そのこと自体は知っていたが、静岡県の県教育委員会が柔道については「大外刈りは禁止」、「投げ技禁止」などの安全指針を打ち出したことは初めて知った。これによると試合は座った状態で行うことになるという。http://bit.ly/Hu8c2i

 正直言って、もう笑うしかない。柔道が他のスポーツに比べて死亡率が突出して高いから、こういうことになったんだろうけれど、これじゃあ、柔道じゃないじゃないか。こんな規定まで作ってまで必修にする必要があるんだろうか。もともとの目的は武道を通じて礼節を学ぶというものだったんだから、生徒が自由に選択できるようにした方が良かったと思う。

 私も高校の時、柔道をやったことがあるけれど、半分、嫌々だったような気がする。武道は真剣にやる気がないと事故が起こりやすい。まして、中学の時なんて、まだ基礎体力もついていない時期だから、親御さんが心配するのも無理はない。

 それでも敢えて必修にするというのなら、一授業にちゃんとした指導員を数人付けて行うぐらいの注意が必要だろう。大きな事故が起こらないことを願うばかりだ。

2012年3月29日 (木)

「走ることについて語るときに僕の語ること」(村上春樹著)を読んで思うこと。

 恥ずかしい話だが、昨年の10月中旬、甲州フルーツマラソンで惨敗してから、半年以上ほとんど走っていない。アキレス腱のリハビリも昨年11月末には終わり、一応、問題はなくなった。また仕事の都合もあった。しかし「走る」気分になれなかったのが大きな理由だ。倦怠感とでも言うのだろうか、走ることだけではなく、日常生活も張りがなくなっていた。

 実はこの本「走ることについて語るときに僕の語ること」(村上春樹)も昨年12月にブックオフで偶然見つけて、走るモチベーションを上げるために読もうと思っていたのだが、それも3か月遅れの今、読み終えたばかりだ。

 私は村上春樹氏の小説を読んだことがない。有名な「ノルウェイの森」や近年、ベストセラーになった「1Q84」もそのあらすじさえ知らない。ただ、毎年のようにノーベル文学賞を受賞するのではないかと話題になるので、その名前を知っているだけだ。そして、ランニング雑誌やネットなどで、村上氏がフル・マラソンやトライアスロンなどにも数多く完走していることをつい最近知ったのだった。

 内容は村上氏が小説家になったきっかけや、それに伴い走りはじめたこと、2005年NYCマラソンへ挑戦するため過程など、彼自身が「走る」という行為に対してどのように考えているかが率直に書かれている。

 その中で「走り続けるための理由はほんの少ししかないけれど、走るのをやめるための理由なら大型トラックいっぱいぶんはあるからだ。僕らにできるのは、その『ほんの少しの理由』をひとつひとつ大事に磨き続けることだけだ。」という一節に目が留まった。グサッと胸に突き刺さった。

 ただ、そんな村上氏でさえ、サロマ湖100㎞を完走した後に、「ランナーズ・ブルー」なるものに遭遇する。「走りたい」という明確な意欲が薄れてきたというのだ。レベルの違いはあるにせよ、まるで今、自分自身に起こっていることのようではないか。誰にでも起こることなのか。少し安堵する。でも、解決策は自分自身で見つけるしかないのだ。

 そして私は次の一節に少しだけ解答に近いものを見つけられた。「苦しいからこそ、その苦しさを通過していくことをあえて求めるからこそ、自分が生きているというたしかな実感を、少なくともその一端を、僕らはその過程に見いだすことができるのだ」

 何かとても哲学的で、あまりにも高尚で自分には似合わないけれど、ちょっとだけ前向きに、そして、明日から再び走りだそうという気になれた。再度、フルマラソン完走を目指して頑張ってみよう。

2012年3月28日 (水)

2012‐春の風景(南足柄市怒田)

 今年はお彼岸を過ぎても寒い日が続いている。うちの近所の御殿場線沿いの桜もまだ蕾が固く、開花はもう少し先になるようだ。だけど、アサヒビール足柄工場近くの河津桜は満開だった。(写真に写っている建物はJA)

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 暗澹たるニュースが続き、気が滅入ってしまうことが多いが、こういう花を見ると少しは気分も晴れやかになる。私は花粉症だけれど、今年はそんなに酷い症状が出ていないので助かる。早く春本番になってくれ。




 
 
 
 

2012年3月26日 (月)

カンボジアのマラソン代表が猫ひろしになったことは素直に喜べない!

 タレントの猫ひろしが念願かなって、マラソン種目でロンドンオリンピックのカンボジア代表となった。以前、私はこの件でブログに書いたけれど、正直言って喜べない。彼が努力していることは非常に評価できる。実業団に所属したことのない市民ランナーが2時間30分台のタイムを出せるというのは素晴らしいことだ。だが、オリンピックとなると話は違う。

 そもそもオリンピック参加標準記録2時間18分をクリアしていない。カンボジア代表として出場できるのは、参加標準記録を出した選手がいない国や地域は、特例として男女各1名が認められるからだ。こういう特例措置での参加を昨年、国籍変更したばかりで、母国語も満足に話せない者が代表として選ばれることに違和感を覚えるのだ。

 それでも、カンボジアの一般の方々が、彼なら代表としてふさわしいと諸手を上げて喜んでくれるなら問題はないけれど、果たしてどうなのだろう。日本のマスコミはおそらく肯定的なコメントを多く取り上げるから、それを素直に信じる訳にはいかない。ただ、逆の立場で考えれば、モヤモヤとしたものが残る。たった一人しか出場できないのだ。メダル候補ならまだ許せるかもしれない。しかし、参加標準記録すら超えない選手を母国の代表として出場させることが嬉しいだろうか?何か裏取引があったように思えてしまう。

 さきほど、記者会見が行われたようで、本人はやる気満々のようだ。きっとスポンサーも付くのだろうし、どこかのテレビ局がドキュメンタリー番組を作るんだろう。別にルールを破って出場資格を得た訳ではないけれど、日本人の卑しさが出てしまったような気がして個人的には腑に落ちない。猫ひろしにはカンボジア代表として恥ずかしくない走りをしてもらいたいだけだ。

 

2012年3月25日 (日)

久しぶりに面白かった大相撲!

 大相撲春場所は今日千秋楽を迎え、横綱白鵬が優勝決定戦で関脇の鶴竜を下して22回目の優勝を決めた。

 去年の八百長騒動以来、大相撲の衰退は目に余るほどだった。横綱一人だけが圧倒的に強くて他の力士がほとんど相手にならないから、琴奨菊や稀勢の里が大関に昇進したけれど、優勝争いはつまらなかった。お客さんなんて見た目、半分以下の日が多かった。

 ところが今年に入って先場所は把瑠都が優勝し、今場所も横綱が千秋楽を前にして2敗するなど、優勝争いが面白くなった。特に関脇鶴竜の相撲内容は素晴らしく、1横綱4大関を倒して大関昇進がほぼ確定し、今日、豪栄道を破れば、初優勝という栄誉にも手が届くところだった。ただ、やはり優勝の重圧というものなのだろうか、豪栄道に立ち合いから一気に押し出された。あの呆然とした表情が本人の気持ちを何よりも物語っていた。

 そこで意気上がる横綱白鵬。ここで負けたら、意地の悪い人達からは鶴竜の優勝を手助けしたのではないかとも疑われてしまう。千秋楽で立ち合いに失敗したかに見えたが、把瑠都を押し出し決定戦に持ち込むあたりは”さすが”としか言いようがない。そして、優勝決定戦では、鶴竜も粘ったが、同じ相手に先場所を含め3連敗は出来ないという横綱の意地と強さが勝ったように思う。気迫が液晶画面を通じて伝わった。

 こういう取組が何度も展開されるなら、人気は回復してくるのではないだろうか。残念ながら、優勝はお預けになってしまったけれど、鶴竜の奮闘を称えたい。

2012年3月24日 (土)

湊かなえ著「少女」を読んで

 昨年末は毎日のように小説(特に東野圭吾作品)を読んでいたが、今年に入ってからは、他のことで頭が一杯になっていたこともあって、ほとんど読まなくなっていた。ようやくそのことにケリがついた頃、新聞広告にあった湊かなえ著「少女」という小説に目が留まった。

 「人が死ぬのを見てみたかった」―このコピーに惹きつけられたのだ。湊さんと言えば「告白」を映画と小説でかなり衝撃を受けたから、この作品もおどろおどろしい展開になるのではないかと推測していた。ところが読み始めると、最初こそ「いきなりこれかよ?」という感じから、動機は不純ながらも、「大人びた女子高生二人が成長していく物語なのかなぁ?」と何となくだがコメディっぽく思えていく。だが、そこにはいろいろな伏線がばら撒かれているのだ。

 物語の中盤ぐらいから、「あれっ、あっそうか、おやっ、これも変だな」と、だんだん繋がっていく。私はこういう伏線回収型の物語がかなり好きなので、どんどん読み進んでいける。そして、何度となく自分の予想は裏切られ、大団円を迎えたかと思えば、最後は「うわ~っ、そうだったのか」と薄ら寒くなるような感覚に陥った。まさに、文庫本の帯に書いてあるような「思いもよらぬ結末」なのだ。

 現代の抱える影の部分を上手く活用しているなぁと感心するとともに、これは今どこで起きても不思議な話ではないような気がしてくる。そして、解説を読んで、また、ビックリ。「*」(アスタリスク)、これにも意味があっただなんて・・・。最後まで驚きの連続だった。

2012年3月22日 (木)

2012‐春の風景(松田山と南伊豆)

 昨日、今日休みだったので近場で春を探してみました。

松田山なんて家から10分も掛らないのに、入ったことがなかったのです。

             【松田山ハーブガーデン】

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               【河津桜のトンネル】

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             【ハーブガーデンから足柄平野を望む】

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             【南伊豆・弓ヶ浜】
 

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             【下賀茂温泉近くの菜の花畑①】

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             【下賀茂温泉近くの菜の花畑②】

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             【田牛(とうじ)海岸】

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  南伊豆の弓ヶ浜はサラリーマン時代からお気に入りの場所で、ここで10分ぐらいボーっと海を眺め、空気を吸っているだけで気持ちが落ち着きます。そして、この近くにこんな菜の花畑が出来ていたのを今回初めて知りました。とても良い気分転換ができました。また、暇ができたら行こう(^^)v

 




2012年3月21日 (水)

【MEDIAS PP】車載ホルダーとFMトランスミッターを購入し試してみた。

 1月末に購入したスマートフォンMEDIAS PP、カーナビとしても十分使えることが分かったので車載ホルダーが欲しくなった。また、音楽プレーヤーとしては、ヘッドフォンだけではなく、カーステレオでも聞きたいと思っていたので、FMトランスミッターというものを買ってみた。本来なら車載ホルダーとFMトランスミッターのセットになったものを買うのがベストだが、車載ホルダーをネットで購入した後に、FMトランスミッターの存在を知ったので別々になってしまった。

 
 

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 右の写真はホルダーをエアコン送風口に差し込んだ様子。峠道を走ったけれど、前方の視界をさえぎることもなく、落ちたりすることもなかった。

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 フロントガラス右側に吸盤付のホルダーを装着した様子。固定及び視界に問題はない。そして私は右利きなのでこちらの方が操作しやすい。ただ、シガレット電源までの距離がエアコン送風口に着けた時より遠くなるので、コードが少し邪魔に感じるかもしれない。

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 次にFMトランスミッター。
上記2枚の写真でも装着しているのだが、ホルダーから外してみると、こんな感じ。右のプラグをシガレット電源に差し込んでいるだけだ。写真上部の小さい箱から、音楽をFM電波で飛ばし、それをカーステレオに付いているFMラジオで受信する仕組みだ。上手いことを考えたもんだ。

 ただ、基本的にはFMラジオを聞いているのと変わらないので、電波状況によってはかなりノイズが出てしまう問題がある。このトランスミッターは3種類の周波数が選べるのだが、全て駄目だった場所もあった。まだ、どんな場所が駄目なのかよく分からない。でも、電波状況が良い時は快適に聞ける。

 それから、二つ目の問題は電源の確保だ。スマートフォンはiPodなどの音楽プレーヤーよりも電池消費量が大きい。そのため長時間の使用には向かない。そういう理由から、スマートフォン用と謳ったFMトランスミッターには3.5㎜のステレオミニプラグの他にmicroUSBの端子が付いていて、充電しながら音楽を聞くことが可能だ。しかしながら、MEDIASには3.5㎜の端子がない。ヘッドフォンで聞く際にもmicroUSBの端子を利用することになるから、充電と視聴を同時にすることができないのだ。まあ、MEDIASは電池がよく持つから数時間程度なら問題ないだろうが、ちょっと使い方を工夫する必要があるかもしれない。

 三つ目の問題は、電話が掛ってきた時にどう対応するかだ。もっとも運転中は電話機を手に持ってはいけないので、留守電設定にしておいて車を止めてから掛け直すしかないだろう。事故のリスクを考えたら、そうするのが当然なのだ。

 以上の問題だけ抑えれば、とても便利でかなり使える。これでもまだ、ほんの一部の機能しか使っていないのだから、スマートフォンの潜在能力は凄い。ますます手放せなくなってしまった。

 








 

 


2012年3月20日 (火)

地下鉄サリン事件から、もう17年も経つのか。

 早いもので、日本中を震撼させた地下鉄サリン事件から17年が過ぎた。あの時、私は腰痛治療のために沼津整形外科の待合室にいた。至るところに救急車が見えるテレビ映像に釘付けになった。最初は地下鉄で火災事故があったということだったが様子が変だった。その後、それが神経ガスのサリンによるテロだったことを知り唖然とした。そして、こんなことは「あさま山荘事件」以来のことなんじゃないかと不謹慎にも興奮した。

 誰がやったんだろう?その夜からニュースやワイドショーは大騒ぎとなる。そして、上九一色村へのオウム真理教一斉捜査。おびただしい数の機動隊に混じって、鳥かごに入れられたカナリアが印象に残っている。それからも、まだまだいろいろなことが起こる。新宿青酸ガス未遂事件、警察庁長官狙撃事件、オウム真理教ナンバー2と言われた村井氏刺殺事件。2か月前に起こった阪神淡路大震災のニュースはかき消されてしまった。

 結局、警察総がかりでオウム関係者を片っ端から逮捕し終焉を迎えることになるのだが、考えてみれば、坂本弁護士一家失踪事件の捜査が確実に行われていたら、こんな惨事は起こっていなかったのかもしれない。

 ふと、世の中の不条理に憤ることがある。オウム一連の事件で、松本サリン、地下鉄サリンで亡くなったり、被害を受けた方々は、何の落ち度もなく、彼らとはまったく無関係だったはずだ。それなのに何故、こんな目に遭うのか?神様のいたずらでは済まされない、やり場のない怒りを静めることはできないだろう。もはや部外者の私には言葉にならない。オウム一連の事件で犠牲になられた方々のご冥福をお祈りします。

2012年3月19日 (月)

情熱を取り戻せるか。

 昨年の10月中旬に出場した甲州フルーツマラソンで玉砕してから、満足に走っていない。アキレス腱の治療は一応終わっていて違和感も感じないのだが、気力が湧かない。経済的な不安も増大し先行き不透明感からストレスが溜まったこともある。とにかくモチベーションが上がらないのだ。

 私は病的レベルではないものの躁鬱の落差が激しいしスパンが長い。数年前、心療内科に掛かった時に分かった。まあ、これを言い訳にはしたくないけれど、ちょっとしたことがきっかけになって、とにかく疲労感が続くような状況が長く続くのでやる気がなかなか起きない。もうグッタリだ。

 そして基本的には孤独だし、お金もないからストレスを発散するやり場もない。楽しいと思えることもほとんど無い。一人で大酒を飲んでその場をしのいでも翌日、二日酔いになれば猛烈な自己嫌悪に陥る。まるでデフレスパイラルが延々と続く。底なし沼のようだ。簡単にポジティブシンキングにはなれない。

 こんなことになっているのも全て自分が悪いのだけれど、これまでそう大きく間違ったことをしてきたとは思っていないから質が悪い。でも、このまま負け犬で終わるのはあまりにも悲しすぎる。だから、一歩でも前進する必要がある。今まで何度転び、何度立ち上がってきたか。明日、走れなくてもいいから、とりあえず歩いてみようと思う。

2012年3月18日 (日)

「横浜母子孤立死」事件について思うこと。

 「孤立死」というと、今までは1人暮らしのお年寄りが亡くなる例が多かったが、今年に入ってから2人以上で亡くなっているケースが増えているような印象を受ける。もっとも、マスコミがセンセーショナルに取り上げるからかもしれないけれど、先進国と言われるこの国で、こういう事件があること自体寂しい。

 「横浜母子孤立死」の場合は昨年12月のことのようだが、昨日、新聞で取り上げられた。この件で私が気になったのは、息子さん(44)が重度の知的障害者だったことだ。おそらく親御さんのご苦労は想像することはできない。本人が完全に自立できるようになれば良いのだが、出来ない場合は、絶えず親御さんが面倒をみることになる。もし親が亡くなってしまったら、どうなるのだろう?数年前、障害者社会福祉施設で施設長からお話を伺った時、率直にそう感じたのだ。

 そういう厳しい状況にもかかわらず、「障害者自立支援法」という悪法によって親たちはさらに経済的な負担が強いられることになった。この不況下、健常者でもなかなか就職できないのに、障害者が自立できるようになるわけがない。とてもやりきれない気持ちだ。もちろん世間体もあっただろう。私が住む田舎ならまだしも、横浜のような都会ともなれば近所付き合いも疎遠にならざるおえない。結果、誰も気に留めなくなり、今回のような事態に至ったと推測できる。

 去年の東日本大震災をきっかけに「絆」という言葉が頻繁に取り上げられるようになったけれど、昨今の孤立死という問題は、その言葉が単に理想なんだということを思い知らされる。なんと殺伐とした世の中になってしまったものなのだろうか。暗澹たる気持ちを拭えない。

2012年3月16日 (金)

プロ野球への興味が薄れていく自分。

 プロ野球も地に堕ちたもんだ。こんなことでしか話題にならないのか。昨日、朝日新聞が一面トップで、巨人が球界の協定を無視して高額な契約金を渡していたことを載せた。読売は名誉棄損で訴えるようなことまで示唆している。

 おそらく朝日新聞は内部資料を入手しているから強気でいられるんだろう。トップ記事としてふさわしいかどうかは別にして、ライバル会社の足を引っ張るには丁度いい題材だったのかもしれない。まあ、この件について、自分自身には何の不利益も被らないし、大手新聞社同士の喧嘩を見るのも面白い程度だ。いきつくところまでやって欲しい。

 私は以前から巨人ファンではあったけれど、昨年の開幕時期ごり押し、親会社の読売新聞が福島第一原発で多大な被害を出しながら、原発推進を擁護しつづけてきたこと等、自分の思いと全くことなる姿勢を見せてきたことから、何となくプロ野球に興味が薄れてきてた。

 だから、今回浮上した問題も、「実にけしからん!!」という感じではなく、「ああ、そうだったのか?それにしても〇〇選手はあんなに貰っていたのか(笑)」程度の感覚なのだ。そもそも江川問題から、巨人の体質なんてほとんど変わっていないということが明らかになっただけだ。そして、他のメディアもこれについて深く追求しようとしないし、み~んな、出来レースみたいなもんだ。ただ「巨人軍は球界の紳士たれ」なんてことは一切言わないで欲しい。それから読売新聞は「政治とカネ」という言葉も封印すべきだろう。自分達の方がよほど、カネに汚いじゃないか。

 単純に比較してしまうが、サッカーはこういう金銭的な話題は選手の移籍金の高さぐらいで、表だって問題になったことはなかった。それに去年から今年に賭けて、女子はなでしこJAPANの活躍、五輪出場決定、アルガルベ杯準優勝、男子も五輪出場決定、W杯最終予選進出とプラスイメージばかりだ。それに対して、プロ野球は新しい監督の言動が話題になる程度で、その他はマイナスイメージばかりになってしまった。テレビ中継もほとんど無いし、さらに興味が薄れていくのも仕方ないな。

2012年3月15日 (木)

「被災地の瓦礫処理問題」について思うこと。

 昨年の東日本大震災の津波被害で大量に出た瓦礫の処理が問題になっている。政府の思惑通りとも言うべきか、大手マスコミ各社は「大量の瓦礫が復興の妨げになっている」とか「受け入れないのは住民エゴではないのか」という理由から、全国地方自治体で受け入れが必要のようなキャンペーンを張っている。

 ところが昨日、ラジオの文化放送「くにまるジャパン」の中でジャーナリスト二木啓孝氏によれば、陸前高田市長の「焼却施設を造ってくれれば地元で処理する。そうすれば雇用も生まれる」という要望や南相馬市長の「防潮堤の基礎として使いたい」という要望もあるが、それを役所が前例がないからと言って却下しているというのだ。実際に本当のところはどうなんだろう。単なる利権争いになっているんじゃないだろうか。

 私はちゃんと放射線量を測り住民の理解を得たうえなら、瓦礫の受け入れに反対する立場にはない。だけど、放射線の測定がオープンに行われているのかが疑問だし、産廃業者が首長の親族だったり、東電の子会社が元受けになったりということが発覚するにつれ、どうしても胡散臭く感じてしまうのだ。

 昨年5月、ボランティアに行った時、田んぼのいたる所にうずたかく積まれた瓦礫の山を目の当たりにしてきた。(もっとも、被災者の前では瓦礫という表現はできるだけ避けた。我々には瓦礫だけれど被災者にとっては家財だからだ。ボランティアセンターの方からはそうレクチャーされた。)どうやって、これを片付けるんだろうか?皆で暗澹たる気分になったことを覚えている。

 ところが7月、8月になると、田んぼや町中からはほとんど無くなり、分別されて決められた集積地に運ばれていた。地元の方々の努力は凄いと感心したものだった。地元で全く処理出来ないというなら別だが、瓦礫処理も復興事業の一部なのだから、出来る限り地元にお金が落ちて雇用が生まれるようにするのが一番良いように思う。

2012年3月13日 (火)

台湾の皆さんに謝りたい。追悼式で献花もさせないなんて、どれだけ恥ずかしい国なんだ。

 昨日の参議院予算委員会で自民党の世耕議員が、11日の追悼式典で台湾代表を一般扱いし献花もさせなかったことを指摘した。台湾からは官民合わせて約200億円もの義援金をもらっておきながら、さすがにこの対応は酷いと思ったのか首相も陳謝した。でも、それだけでいいのか。ちゃんと関係者を処分するべきだ。

 おそらく外務省の役人が中国に気を遣ったんだろう。支援してもらって、手のひら返しをするようなことはあってはならない。人間としてのモラルの問題だ。もっとも民主党の現政権なんて、政権交代の立役者をマスコミとつるんで平気で謹慎処分のような形にしているんだから、この方々にそんな情なんて存在するのかどうかも疑わしい。増税だけ一生懸命やっている感じしかしない。

 私が昨年夏、南相馬へ2回目のボランティアに行った時、真新しい黄色いマウンテンバイクが20数台置いてあった。1日だけではあったけど、それに乗って被災地域の家を周り、ボランティアニーズを聞きだす仕事をした。快適な乗り心地だった。そして、この自転車は台湾から送られてきたものと知り心から感謝した。

 だから、今回の件は非常に憤っている。本当に恥ずかしい。あいにく台湾には行ったことがないけれど、今後、もし行く機会があれば、空港でもいい、レストランでもいい、土産物屋でもいいから、会った方にお礼を言いたい。そして、騙されたとはいえ、こんな最低な政権をつくらせてしまった罪は自分にもあると思うから、今回の非礼を詫びたい。

2012年3月12日 (月)

尾崎好美さんのロンドン五輪出場。うちの町から五輪選手が出るなんて快挙だ!

 3時半すぎ、町の防災無線で尾崎好美選手のロンドンオリンピック出場決定が流れた。防災無線ではやり過ぎだろうと思ったけれど、それぐらい過疎の町にとっては嬉しいことなのだ。私も生で彼女にあったことはなく、歳も離れているので同じ中学に通っていたくらいの共通点しかないのだが、やはり、凄いことなんだなぁとしみじみ思う。

 お姉さんの朱美さんが、2006年の東京国際女子マラソンで高橋尚子選手を抜いて2位になり、姉妹揃って同町出身だということを知ったのだ。そして、2008年、東京国際女子マラソンで優勝し、翌年の世界陸上で2位になった時には、役場に垂れ幕が掛り、駅にも横断幕が掲げられた。町民としてはロンドンオリンピック出場への期待が膨らんだのは言うまでもない。

 ところが昨年、大邱での世界陸上では芳しい成績を出せず、尚且つ、横浜国際女子マラソンで2位になってしまったことから、あきらめムードが漂う。昨日の名古屋ウィメンズマラソンでも悲観的な私の親父は走る前から「絶対に無理だ」などと完全に諦めていた。

 昨日のレース。私は仕事で生中継は観られず、ネットの情報で2位になったことを知った。タイムは2時間24分14秒。テレビなどでも当確を伝えている。これなら大丈夫だろう。自分のことのように嬉しかった。ロンドンオリンピックのレース当日はおそらく町の中央公民館でパブリックビューイングが開かれるだろう。その前に壮行会があるかもしれない。これから辛い練習が始まるので、過剰な期待は避けるが、ぜひとも悔いの無いレースを行って欲しいと願うばかりだ。

2012年3月11日 (日)

【東日本大震災】今でも1年前のことをハッキリ覚えている。いや、今後も忘れてはいけない。

 3月11日、早いもので、あの東日本大震災から1年が過ぎた。地震の時は部屋でパソコンに向かって資料を作成していた。最初は小さい揺れだったが、だんだんと大きくなり本棚や箪笥が揺れ、固定していなかった小さなものは落ち始めた。しかも、揺れている時間が長い。さすがに怖くなって、「いつまで揺れてるんだ~」なんて叫んでいた。てっきり東海地震が起きたんだと思ってテレビをつけたら、東北の太平洋側が震源だと知り、大津波警報に驚いた。

 その後、近くに住む両親の所に行き無事を確認、再度、部屋に戻ると、またしても大きな余震があった。そして再び両親の元へ、なんとなく一人では落ち着かなかったからだ。テレビで流される津波の映像には背筋が寒くなった。あの時の衝撃は死ぬまで忘れないだろう。

 次々にいろいろな事が分かってくる。関東圏では電車が止まり帰宅困難者が続出、必然的にニュースで見た情報をツイッターで発信していた。その時、「原発は安全に停止しました」という発表だった。ただ、電源を喪失したので電源車が現地に向かっていると伝えられていた。何も知らない自分は電源さえ確保できれば、大丈夫だろうなんて思っていて、ネットでチェルノブイリのことを調べた限りでは、あの事故より酷いことにはならないだろうとタカを括っていたきらいがある。だから、それから1号機が爆発し、2、3、4と次々に制御不能に陥るなんて想像もつかなかった。

 被災地では何が起こっているんだろう。そればかりが気になった。お金はないけれど、何か出来ることはないのか。自分の無力さが浮き彫りになった。情けなかった。その思いがボランティアに掻きたてたのかもしれない。

 取り留めもなく、書き綴ってしまった。今日、テレビ各局は特番を組んで、震災特集をやっているけれど、何となく白けてしまうのは自分だけか。今、報道ステーションSPが始まった。司会の古館は嫌いだけど、最初に良いことを言ったな。「復興、復興・・・?、綺麗ごとを言うな」と。少しは大本営発表を垂れ流してきたことを反省したと受け取ろう。

 

 

2012年3月10日 (土)

嘘八百だ(怒)!→「新しい日本つくる」-首相、再生に強い決意

 明日で東日本大震災から1年。早いものだ。顔も見たくないのだが、野田首相がワシントンポストの電子版に寄稿した文章の要約に憤りを覚える。もっとも書いたのは役人でそれを追認したんだろうけど、それにしても酷すぎる。http://s.nikkei.com/xq5gob

 特に「震災後、1年でめざましい進展を遂げた~」だと?普通の日本人でそんなことを思っている人がいるのか。未だ何十万人の人が非難し、職すら見つけられない人が多くいるのによく言えたもんだ。もっとも福島第一原発でさえ、”収束宣言”なんて平気で言えるんだから、個人的には総理は妄想性人格障害なんじゃないかとさえ心配してしまう。

 それに総理の目指す「新しい日本」なんて、消費税増税とTPPでこの国を壊滅させるってことじゃないのか。そうなれば、勝ち組以外の国民は疲弊するけれど、今までにない日本になりますよ。増税して経済成長した例を挙げて欲しいよ。定期的に政府広報なんていう形でマスコミに金をばら撒いて世論を誘導しているのは目に見えている。私はどんなにマスコミが総理を持ち上げようが絶対に信用しない。

 この1年で民主党現執行部が如何に欺瞞に満ちた連中だったかというのは認識できた。あまり、ブログでこういう政治的なことは書きたくないけれど、とにかくやってきたことは国民を苦しめようとすることばかり。いい加減にして欲しい。早く現政権が潰れることを願うのみだ。

 

2012年3月 9日 (金)

「コンパクトデジカメは生き残るか」の記事を読んで思うこと

 週刊BCN3/5号に「コンパクトデジカメは生き残るのか」という記事が掲載されていた。とても興味深い。私自身、スマートフォンを利用するようになってから、デジカメをほとんど使わなくなったからだ。販売台数の推移をみても前年同月比をほとんど下回っているようだ。

 おそらく高機能、高画質を求める人達はデジタル一眼レフに向かうし、普通に写真を撮ったり、SNSに投稿したりというならスマートフォンでも十分だから、あえて新機種を買う必要がないと言われるのももっともだ。メーカー側もその辺りは十分認識しているようで、デジカメにWi-Fi機能を搭載しSNSに投稿できるようにしたモデルを発売し始めた。

 各メーカーはSNSに綺麗な写真をアップするためにはWi-Fi機能搭載のコンパクトデジカメが必要だという構図を目指していると記事では伝えている。スマートフォンと敵対しするわけではなく、共存の道を模索するようだ。

 ただ、個人的には疑問がある。SNSに写真を貼る人で、そんな高画質を求める人がどれだけいるだろうか?それにスマートフォンでさえ1000万画素クラスのカメラを搭載したものもあるのだ。ブログはともかく、twitterやfacebookのような速報性重視のSNSの際、高画質の写真はアップロードに時間がかかるし、パソコンのような大画面ならともかく、スマートフォンのような小さな画面では、ある一定の画質であれば問題ない。だから、この方向性での拡販は難しいと思うのだ。

 スマートフォンで代替できない、スマートフォンならではの機能が開発され、ユーザーに受け入れられていかないと、いずれは淘汰されていくような気がしてならない。

 

2012年3月 7日 (水)

石川遼選手が特別枠でマスターズ出場となったことについて思うこと

 世界の4大メジャー大会の中で私の一番好きなマスターズ。あの芸術とも呼べるようなコースを舞台に繰り広げられる闘いには30年ぐらい前から魅了されてきた。その大会がまた近づいている。日本勢ではアマチュアの松山君が早々に出場を決めていたけれど、日本で一番世界ランク上位の石川選手は出場資格の世界ランキング50位以内に未だ届かず、今回は難しいだろうと思われていた。

 そんな矢先、今日、主催者側から特別枠での出場が認められた。その理由として「オーガスタ・ナショナルGCのビリー・ペイン会長は『石川遼は日本ツアーの優れた選手。彼の出場が日本だけでなく、アジアでの関心の高まりにつながる』とコメント」(東京新聞)している。しかし、実力で獲得したわけではないから個人的には素直に喜べない。勘ぐった見方になってしまうが、石川選手には多くのスポンサーがいるから認められたと思えるからだ。

 マスターズの主催者に、どれくらいのスポンサー料が入るのかは分からないけれど、腐っても鯛、日本マネーは疎かにできないはずだ。日本のゴルファーで男女を問わず、人気と知名度を併せ持つのは間違いなく石川選手だ。世界ランキングが規定より何十位も離れているなら別だが、4位程度ならさして問題なしと判断したのだろう。大人の事情という感じがしてしまう。

 でも最近でこそ、普通のトーナメントと変わらない運営をしているが、マスターズというのは元々、球聖と呼ばれたボビージョーンズがかつて戦った名手たちを集めて同窓会代わりに始まったみたいなものだ。そういう観点からみれば、特別枠でガタガタ騒ぐ必要がないかもしれない。だけど、私は自分が生きているうちに石川選手にグリーンジャケットを着て欲しいから、ここで周りがお膳立てして欲しくないのだ。

 毎度、言っていることだが、まだ若いのだから主戦場をアメリカに移して、世界に通用する実力をつけて欲しい。

2012年3月 6日 (火)

アメリカの女子サッカーチームの監督とエースのコメントが素晴らしい。

 深夜だったので私自身は観れなかったけど、朝起きてアルガルベカップで日本がアメリカに勝ったということを知った。昨年のW杯の時はPKだったから公式には引き分けなので、今回初めてアメリカに勝ったことになるという。これで明日ドイツとの決勝戦に望む。とても楽しみだ。

 でもやはり世界ランキング1位のアメリカだけのことはある、敗れた後のコメントが素晴らしい。

 「ワンバックは「今日の試合内容には誇りを持っているが、チャンスを確実に ものにした日本チームが勝ったのは当然だと思う。この5年間で最もレベルアップ したのは日本だ。素晴らしいチームに成長した」と語り、スンダーゲ監督は 「日本の技術力や巧みなボールコントロールを考えると(アメリカ代表に) 課題はある。日本のプレーは世界のチームにとってまさにお手本という べきものだった」と、悔しさを滲ませながらも称賛した。

 正直言って、アルガルベカップという大会が女子サッカーにおいて、どれくらい重要なポジションなのかは知らないけれど、昨年のW杯で破れたチームが再び、国際試合で破れるというのは非常に悔しいはずだ。しかも、ランキングでは日本よりまだ上なのだ。マスコミ向けということを割り引いても、試合直後にこのコメントを出せるというのは、自信の裏返しなのかもしれない。

 私もこの姿勢は見習いたいと思う。自分としては精一杯努力しているにもかかわらず、なかなか結果を出すことができないとすぐに凹んでしまう。毎日、自分の不運を嘆き、悲しみ、最後には諦めの境地を見出すことで納得させている。まったくもって不甲斐ないかぎりだ。自分自身の力を信じられるように努めよう。

 

 

2012年3月 5日 (月)

「保安院『炉心すでに溶融」と分析、事故発生から1週間後」のニュースを聞いて思うこと

 先ほど、共同通信のサイトにこんな記事がアップされた。「保安院『炉心すでに溶融」と分析、事故発生から1週間後」http://www.47news.jp/CN/201203/CN2012030501002157.html

 震災からもうすぐ1年が過ぎようとしている中、まあ、次から次へと当時、公表されなかった事実が出てくる。昨日はSPEEDIの公表を文科省が見送った経緯も記事になっていた。だけど、個人的には「何をいまさら」という想いが強い。ネット上ではフリージャーナリストや反原発系の学者が指摘していたからだ。今まで大手マスコミはこれらのことについて知らなかったのか。単に報道しなかっただけではないのかという疑念すら湧く。おそらく疑ってはいたが、政府機関が公表しなかったから報道しなかったのだろう。

 でも、マスコミの使命の一つは「権力の監視」じゃないのか。こんな政府の発表をそのまま流すなら単なる政府広報だ。それに加え、当時は高名な学者さん達を出演させて、政府の誤った情報を我々に信じ込ませようとしたのだから始末が悪い。これでは戦争中の大本営発表なるものと同じではないか。

 それにしても、保安院や文科省といった政府機関というのは何のためにあるのだろう。災害などが発生した時、最低でも国民の生命を最優先するのが本来の仕事なのではないのか。「パニック発生を恐れた」という言い訳では済まないはずだ。国民を馬鹿にしたようにも思えてしまう。もう信頼は完全に失墜してしまったのだ。まずは、事実を包み隠さず話して謝罪し誠意を見せないと駄目だと思う。

 

 

2012年3月 2日 (金)

「赤城山・大沼のワカサギ釣り解禁」について思うこと。

 赤城山・大沼のワカサギ釣り解禁 放射性物質で食べられず(東京新聞)http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2012030201001802.html

 先日、NHKのETV特集で赤城大沼が放射性セシウムで汚染されていることを放映していた。湖の周りは山で囲われているから、周辺に降ったセシウムが沢水に混じって流れ込んだ。しかも、それを排出することは難しいという内容だった。だから、おそらく今年はワカサギ釣りは解禁しないのだろうと思っていたので、今日、このニュースを見たときには少し驚いた。

 何より不可解なのが、釣りはやっても良いけど魚は漁協が回収するという点だ。ワカサギから検出されたセシウムの値が国の基準値を上回るからだが、ワカサギ釣りなんて、魚を食べるのが目的なのではないか?例えば、ヘラブナのように食べないけれど、釣るという行為自体を楽しむものもあるけれど、ワカサギは違うだろう。

 漁協が回収したワカサギだって結局は処分される。だけど、これだって見方によれば放射性廃棄物なのだから簡単に捨てられるのだろうか。無駄に殺生しているような気もする。もっとも私は東京新聞のWeb版(共同通信配信のもの)しか読んでいないから、もっと他にいろいろな理由があったのかもしれない。出来れば、漁協の方や釣り人のインタビューも載せて欲しかった。

 もうすぐ東日本大震災から1年が経つ。原発被害のない地域は少しずつではあるけれど復興の足音が聞こえる。しかし、画期的な除染方法が開発されない限り、放射能汚染はこれからまだ数十年、ジワジワ広がり続けていくような気がしてならない。なんと罪深いことか。

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