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2012年4月27日 (金)

無罪判決となった小沢氏の道義的責任と政治的責任って何なんだろう?

 昨日、無罪判決が出た小沢元民主党代表に対して、大手メディアや野党の方々からは、しきりに「道義的責任」「政治的責任」という言葉が出てくる。なかなかその理由がピンとこなかったのだが、おそらく、一審で秘書3人が有罪になっているのに本人は無罪放免で良いのか?ということに集約されるのではないか。

 だけど、この裁判も「直接証拠」や「証言」も乏しく、検面調書でさえ半数近く却下されたのにもかかわらず、裁判長の「推認」で検察側が主張しない裏金の存在まで言及した。マスコミから息のかからない弁護士さんからは、疑問の声が上がるほどの判決だったのだ。そもそも犯罪事実は何かと言えば、土地購入の記載を2004年11月にすべきところを2005年1月にしたというものである。しかも、総務省は支払日でも登記日でも可という判断のようだから、何で有罪なのか、素人の私には全く分からない。

 「道義的責任」という言葉の意味を調べると、「人として正しい道を守る責任」となっている。3人はまだ有罪が確定したわけでもなく、犯罪事実だけをみれば、単なるミスで済まされる問題なのだ。その3人の監督責任者に道義的責任があるなんて言われたら、ちょっと飛躍しすぎかもしれないが、交通違反を犯した社員を持つ会社社長も道義的責任があり罰則を受けるみたいなものではないか。

 それから「政治的責任」であるけれど、これについては全く分からない。一時期、「政治とカネ」なんていう言葉が流行ったが、贈収賄とか脱税という犯罪ではなく、裏金は証明できなかった。だから、この点も追及できない。

 もっとも私なんて法律に関しては素人で、素朴な印象を述べているだけだ。「お前は小沢信者だから…」なんてレッテル貼りさえされかねない。まあそれは仕方ない。かれこれ20年以上に渡り、大手メディアから「壊し屋」とか「剛腕」を想起させる悪印象の映像ばかりを観させられたら嫌いになるのは当たり前で、そうした呪縛を一度取り去って考えてみると、今の事態がいかに異常なことであるかが分かるのではないだろうか。もう、いい加減この問題には終止符を打って、震災復興や景気、エネルギーなど、もっと建設的な方向にもって行くべきだと思う。

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