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2012年10月29日 (月)

これが謝罪になっているのか?【東電OL殺人事件再審】

 今日、15年前に起こった東電OL殺人事件の再審で、検察側はゴビンダ氏が無罪であるという意見書を提出した。裁判の中では謝罪をしなかったようだが、MSN産経ニュースでは、東京高検次席検事のコメントを以下のように全文掲載している。

 「本日の公判で、検察官は『被告人は無罪』との意見を述べた。検察官が従来の主張を変更したのは、確定審の段階では技術的に困難だった鑑定が、その後の科学技術の進歩によって可能となったことなどによるものであり、また、検察官がことさらに証拠を隠したなどの事実も認められず、その捜査・公判活動に特段の問題はなかったと考えているが、結果として、無罪と認められるゴビンダ・プラサド・マイナリ氏を、犯人として長期間身柄拘束したことについては、誠に申し訳なく思っている」

 でも、これが謝罪コメントなのか。全文を読めば、自分達の正当性をアピールして、最後に「申し訳なく思っている」と付けたしているだけではないか?おそらくこのコメントだって、批判的な質問の少ない司法記者クラブ内でのものだろう。人の人生をめちゃくちゃにしておいてこんなコメントしか出ないのか?しかも、賠償金は税金から払われるのだから、国民に対しても事の経緯を説明し、土下座して謝るくらいのことがあって当然ではないのか。

 この事件の裁判過程を知らない人なら、鵜呑みにしてしまうかもしれないけれど、少なくとも佐野眞一氏の書いた「東電OL殺人事件」を読んでいる人なら、「確定審の段階では技術的に困難~」、これがいかに詭弁なのかは明らかだ。仮に次席検事の言うように、捜査・公判活動に特段の問題がないという認識なら、これからも次々と冤罪は生まれていくことになる。

 また、この事件では高等裁判所も酷い。一審で無罪判決後も検察の言いなりになって被告を拘留し、決定的な証拠が新たに出なかったのにもかかわらず、無期懲役の判決を出したのだ。来月「無罪」判決を出した際には、被告に対して真摯に謝ってもらいたい。そうしないと、本当に司法なんて信用できなくなる。

 そして、嘆かわしいことに、ネット上では相変わらず、「無罪と無実は違う」とか「黒に近いグレー」などと書き込んでいる人がいる。恐らく、自分には降りかからないだろうなんて思っているから、こんな誹謗中傷が出来るのだろう。しかし先日のPC遠隔操作脅迫事件や痴漢冤罪のように、いつ自分の身に降りかかり、長期拘留で自白を強要させられるか分からないのだ。捜査当局に狙われたら終わりなんて、本当に恐ろしい話ではないか。

 今回の冤罪事件を受けて、公益社団法人アムネスティ・インターナショナル日本が日本政府に対して、全面可視化や全証拠開示等、刑事司法制度の全面的な見直しを要請した。私はこれを全面的に支持したい。そして、冤罪の撲滅を願う。

 

 

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