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2012年12月

2012年12月31日 (月)

2012年大晦日。一年を振り返って。

 2012年の大晦日。誰もが一年を振り返る。私自身はまあ、何とか最低限の生活が営めた1年で可もなく不可もなしといったところか。ただ、この日記代わりに書いているブログは、昨年以上に多くの方々にアクセス頂けたことに感謝したい。

 来年は人生節目の50歳を迎える。自分としては長い間、頑張ってきたつもりだが、何ら芽を出すことも出来ず、ある意味、その日暮らしの生活を送る日々が続いている。生物学的の”人”としてはダメ人間なのかもしれない。

 しかし、後悔はしていない。少なくとも自分が良かれと思うことはやってきて、結果が出なかったのだ。最良とは言えないけれど、人の道を踏み外すこともなく、真っ直ぐに生きてきたのだから。

 欲を言ったらきりがない。少なくとも、今年一年は健康を害することもなく、大きな事故やトラブルは回避できた。高齢の両親も大きな病気に罹ることもなく元気で生活していることに感謝したい。

 こんなブログを読んで下さっている皆様、ありがとうございます。皆様にとって来年が良い年であることをお祈りします。

2012年12月29日 (土)

「ウェブで政治を動かす!」(津田大介著・朝日新書)を読んで思うこと

 私がtwitterを始めたのは2010年の3月初旬。このSNSを利用しなければ、この本が出たことも、津田さんのことも知らなかったかもしれない。また、政治家に対して気軽に自分の意見や質問を投げかけることもなかっただろう。少なくとも自分の中では政治が身近になったように感じている。私はそれを確認する意味で読んでみた。

 当著「ウェブで政治を動かす!」では、政治とウェブをめぐる近年の目覚ましい動きを追い、オープンガバメント(政府のオープン化)がもたらす近未来の政治像が記されている。(「はじめに」を引用して加工)

 なるほど、この本に書かれていることは実際自分がtwitterのタイムライン上で体験していたことが多く含まれている。そして、私が感じた、大手メディア情報とのウェブとの乖離、ネットによる政治活動の功罪、希望と失望なども実例があって面白い。願わくば、津田さんの言うように「情報技術を利用して政治を日常化し、政策ベースの政治を実現する」ことを望みたい。

 しかしながら、政治に関心のない人はこの本を読まないだろう。SNS人口が約2000万人と言われても、私の周りで利用している人はほとんどいない。こうした現状では、津田さんの提言もなかなか難しいような気がする。でも確かに時代は変わりつつある。

 この本が出版されたのは、今回の総選挙が始まる前だが、すでにネット選挙解禁の様相を見せていた。さすがに候補者自身がネットを使って選挙活動することはなかったけれど、その支持者が「誰々が、どこに何時に行く」なんていう情報は当たり前のように流れていたし、各党の政策も多々入ってきた。これは今までの選挙ではなかったことだ。

 各政党ともテレビ・ラジオ・新聞と言った従来メディアでは、時間的制約、紙面上の制約があって、有権者に伝えたいことが満足に伝わらないことは理解しているはずだ。こういう流れを受けてか、あるいは自身もフェイスブック利用で核心を得たのか、安倍首相もネット選挙解禁の方向性を打ち出し、いよいよ来年夏の参院選前には解禁される期待が高まった。

 もっとも従来メディアは自分達の報道価値が下がるから、ネット選挙の負の部分をクローズアップして阻止しようとするかもしれない。しかし、それに対抗する可能性もある。今年の夏、将来のエネルギー政策について政府が国民にパブリックコメントを求めたことがあった。彼らとしては想定外のコメントが寄せられ、当書目論んでいた原発比率15%を変更せざるを得なかった。まさにウェブで政治を動かしたのだ。

 そう考えると、政府にやる気があれば、ネット選挙の解禁は十分に可能だし、津田さんの唱えるようにな「新しい民主主義」の実現もそう遠くないような気がする。私も何とかその日が来るのを見てみたい。

 

2012年12月27日 (木)

「日本未来の党」分党について思うこと

 1ヵ月前にブログで党の発足を歓迎したのに、(「日本未来の党」発足について思うこと:http://bit.ly/Tqs5eL まさか年内に分党になるとは夢にも思わなかった。私には官僚・記者クラブメディアの高笑いが聞こえてくるようで、不愉快でしかない。

 結局、嘉田さんは、従来からある小沢バッシングに起因するメディアの波状攻撃に耐えられなかったのだろう。本来なら、総選挙惨敗の総括し体制を整え直して再出発すべきだったのに、それすら出来なかった。落選議員の声も聞かず、人事を一方的に進めるどころか、記者クラブメディアを使って、その流れを作ろうとした。  

 こういう動きが党の大半を占める旧「生活」の議員に不信感を与えてしまったのだ。個人的には亀井静香議員が仲裁してくれると思ったが、それも叶わず、亀井氏も離党してしまった。分党などと言っているが解党に限りなく近い印象だ。「小異を捨てて大同につく」ことは出来なかった。残念でならない。

 東京新聞が先の総選挙で行った出口調査では脱原発派が約6割もいたという。それなのに、そういう民意に反して、原発推進の自民党が大勝利してしまった。確かに選挙制度にも問題はあっただろうけれど、日本未来の党がその6割の人達の受け皿にならなかったことが大きな要因だろう。

 昨日発足した第二次安倍内閣では、経産大臣らが福島第一原発事故が収束していないにもかかわらず、大飯以外の原発再稼働を明言した。何せ自民党議員の約7割が電力会社関係から献金を受けているのだから当たり前だ。こういう現状に歯止めをかけて欲しいのに、脱原発を掲げる連中は些細なことで仲間割れしている。これでは、絶対に止められない。

 今後、自公民維に対する受け皿を誰が作るのか?個人的には旧「生活」の皆さんに頑張って欲しいのだが、小沢氏の名誉回復がなければ難しいと思う。なぜなら、彼らが、国民生活にとって素晴らしい政策を掲げても、中傷めいた批判が加えられて報道されてしまうからだ。反小沢網は正論を吐いていても絶対に壊れない。記者クラブメディアに対する名誉棄損での裁判は勿論、ネットを駆使して徹底抗戦を願う。

【追記】このブログを投稿した3分後にこんなニュースが入ってきた。雨降って地固まるというようになってもらいたい。

   @47newsflash: 日本未来の党は党名を「生活の党」とし、代表を嘉田滋賀県知事から森副代表への変更を届け出た。 http://bit.ly/17n4iz

2012年12月25日 (火)

「文科省調査、福島の子どもに肥満 屋外活動制限も影響か」(共同通信)の記事を読んで思うこと

 「文科省調査、福島の子どもに肥満 屋外活動制限も影響か」(共同通信)http://bit.ly/RPI3Du。とかく放射能による健康被害の事ばかり考えていたけれど、こういうところにも福島第一原発の事故の影響が絡んでくるのか。

 このブログでも何度か、希望する人達は政府のお金で疎開させるべきだと書いてきた。少なくとも放射線の影響の少ない地域では屋外でのびのびと運動できるではないか?それに、この記事では書いていないけれど、原因のひとつにはストレスもあるはずだ。

 私はメタボ体型だからダイエット関連の本も読むけれど、医学的にみても、ストレスによってインスリンの分泌量が変化し、それに伴って血糖値が不安定になると、太りやすくなるらしい。個人的には運動云々より、こちらの影響の方が大きいような気がしてならない。なぜなら、元々子供の運動量なら都会の子供達の方が少ないと思えるからだ。

 いずれにせよ、福島の子供達が今現在も置かれている状況を憂慮せざるをえない。未だに年間20mSvを完全に撤回していないし安全PRばかりしている。それに報道で福島の事を目にするのは、良いことばかりのような気がする。本当のことはどうなっているのか?県民はどう思っているのか?そういう話があまり聞かれない。私が県民だったら不安な気持ちでいっぱいだ。

 明日、安倍政権が発足する。彼らの政策について、私は是々非々でみていくつもりだが、少なくとも、この福島第一原発事故で被害に遭われた方々の救済を全面的に打ち出さない限り支持するつもりはない。そして、この福島の子供達をどう救うのか注視していきたい。

 

 

 

2012年12月24日 (月)

昨日、IWJ主催の「饗宴Ⅲ」に行ってきました。

 昨日、IWJ主催の「饗宴Ⅲ」のシンポジウムとパーティーに参加してきました。「饗宴Ⅰ」に続き、2回目の参加になります。今回は日本を蝕む5つの危機への”明るいレジスタンス”という表題の元、原発、検察、経済、TPP、改憲について、IWJではお馴染みと言ってもいい、専門家15名が登壇し分かり易くお話してくれました。

 今回上がった5つのテーマでは、私たち庶民は普段一生懸命働いているのに、しかも、世界一の債権国なのに一向に暮らしが良くならないのは何故か、それが、よく分かったような気がします。この根底に流れるものは何なのか?。結局、戦後は終わっていない。形は変わって一見分からないようになっているけれど、アメリカの占領下にあるということのようです。

 もっとも、これらのことは普段、岩上氏のツイートやIWJでのインタビューを視聴すれば分かることですが、改めて直に専門家の皆さんのお話を聞くことでより一層実感することが出来ました。それに、正直言って、ネットメディアのIWJなんて知らない人が殆どですし、大手メディアに洗脳されている方々の前でこういうことを話しても奇人変人としか思われません(笑)。そういう意味では、IWJの活動に賛同し、このようなシンポジウムに参加する方が約300名あまりいたことに共感を覚えました。

 また、パーティーでも多彩な方々がスピーチされましたが、京都大学原子炉実験所助教の小出裕章氏が来るとは知らなかったので驚きました。そして参加者の皆さんと気さくにお話され、写真撮影にも気軽に応じていたので、私も話かけて握手ぐらいしてもらおうかと思いましたが、そのオーラだけ頂きました。

 今回の饗宴Ⅲに参加して、先の衆議院選挙前から、このブログにも書いているように、終末思想になっていた私には少しではありますが希望が持てたような気がします。出来れば、2次会にも参加したかったのですが、そこは底辺を生きる者の悲しさ、今日も早朝から仕事だったのでパーティーの途中で抜けざる負えませんでした。

 大手メディアが権力の片棒を担ぐようになってしまった以上、IWJのような小さくても無編集で流す独立メディアの必要性を強く感じます。出来れば、多くの人に会員になって欲しいと願うばかりです。(⇒ステマではありませんw)

            【シンポジウムの模様】

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              【小出裕章・京都大学原子炉実験所助教】

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              【孫崎亨氏、岩上安身氏、山本太郎氏】

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2012年12月22日 (土)

昨日、外務省が公表した「対イラク武力行使に関する我が国の対応(検証結果)」を読んで思うこと

 政権交代間際にこうした報告が行われた。しかも、「日本政府が米英の武力行使を支持したことの是非についての検証をしたものではなくて、その決定過程検証した」ものであって、報告のポイントだけだ。http://bit.ly/RKKAyM

 結局、この報告のポイント(PDF)を読むと、アメリカやイギリスの作った空気に逆らうことが出来なかったということではないか。あの時、イラクが大量破壊兵器を持っている明確な証拠があると言っていて、それを小泉首相等が見て支持したはずだった。もう、10年も経つのだから、アメリカが提示した証拠とやらを公表出来ないものなのか。

 何のことはない、アメリカとイギリスによる侵略戦争に日本は乗っかってしまったわけだ。この戦争によって、罪のない人間が何十万人と死んだことだろう。イラク人にとっては、日本国民の自分も人殺しの一味に違いない。先の太平洋戦争であれほど平和を願った国民なのに情けない限りだ。

 少なくとも、あの当時、核兵器はともかく、イラクは大陸間弾道ミサイルは持っていなかった。だから、アメリカ本土が直接狙われる訳がない。だとすれば、戦争を強行したのは、脅威にさらされているイスラエルを護るためか、あるいは石油利権獲得のいずれかということが推測できる。

 アメリカという国は、言葉は悪いが合法的に人殺しをやって、それで儲けていく国なのではないか。アメリカ国民はこういうことを平気で容認する人達なのだろうか?自分達が良ければそれでいいのか?そう思うと、残念でならない。先のイラク戦争で亡くなられた方々のご冥福をお祈りします。ごめんなさい。

2012年12月21日 (金)

【村木厚子さんの国家賠償請求を棄却 東京地裁(朝日新聞)】の記事を読んで思うこと

 2日連続で司法絡みのブログになってしまうのだけど、やはり、裁判所と検察が同じ穴のムジナなのだと思わせる判決が出たので頭に来てしまった。【村木厚子さんの国家賠償請求を棄却 東京地裁(朝日新聞)http://bit.ly/UVjZfc

 特にこの部分「地検が報道機関に供述内容を情報提供したという事実は認められない」はどう考えてもおかしい。それでは何故、逮捕され事情聴取されているときの供述がメディアに流れるのか?供述内容を知っているとすれば、村木さんと検察、そして村木さんの弁護士ぐらいだろう。

 村木さんの弁護士が裁判の始まる前に、裁判で不利な印象を与えるような供述内容をメディアにリークするわけがない。誰がどう考えたって検察がリークしているに違いない。裁判所がこのことを証明して欲しいくらいだ。こういう時こそ推認しないのか?冤罪を作った検察に対してだけは推定無罪を適用するのか?腹立たしいにもほどがある。

 この判決で安堵しているのは検察だけではなく、メディアの方も同じだろう。陸山会事件で、偉い髭面の主筆さんは、「検察リークなんてあり得ない」と言っていたけれど、だったら何故書けるのだ。記者はテレパシーでも使えるのだろうか(笑)。

 もう検察の手口は分かっているのだ。自分達が裁判で有利になるように、司法記者クラブに入っている連中にリークして世論を誘導させる。積極的に書く会社は優遇し、さらなる情報をリークする。消極的な会社には冷たくあしらう。そして、裁判所はどこかで世論に左右されてしまう。江副浩正氏、鈴木宗男氏、堀江隆文氏らは、この手口で世間から抹殺されたではないか。

 今回の裁判結果だって、メディアは多くの時間を割いてまで取り上げないだろう。村木さんには堂々と控訴してもらって、この検察と司法記者クラブメディアの癒着関係、そして、検察と裁判所の関係も世間に晒して欲しい。司法に歪んだ正義はいらないのだから。

 

2012年12月20日 (木)

【「10円とはいえ現金」 賽銭盗んだ男に懲役1年 大阪高裁】(産経ニュース)の記事を読んで思うこと

 ニュースサイトをざっと見ていたらこんな記事があった。最初はなにかの冗談だろうと思っていたのだが、本当の事のようで驚いた。

 【「10円とはいえ現金」 賽銭盗んだ男に懲役1年 大阪高裁(産経ニュース)】http://on-msn.com/12qRDyw

 正直言って、本当にこれだけの被害額で実刑なのか?ということしか思えない。こんな事件で逮捕、起訴され、しかも、地裁では1年8ヵ月の実刑を既に受けているということ自体が不思議でならない。裁判費用の方がはるかにかかっているし、どう考えても、他の要因があるように思えてしまう。一般常識からはかけ離れている。

 一応、産経ニュースだけでなく、Google等で検索してみたが、他メディアで取り上げている様子がない。この判決要旨なるものが出たら読んでみたい。例えば、賽銭泥棒の常習犯であって被害額を特定できたのが10円だとか、被告には相当前科があったとか、そういう背景がなかったのだろうか?もっとも、そうであったとしても、この量刑は不可解でならない。

 確かにビックリするニュースだが、これでは単に裁判内容を書いただけだ。少なくとも専門家の解説や記者の印象ぐらい付け加えられないのか?なんだか、とても歯がゆい。

 

2012年12月19日 (水)

「NHK避難呼び掛けの文言再検討 「つらい」の声に」(共同通信)の記事を読んで思うこと

 やはり、そういう声が上がったか。今月7日の夕方に起こった宮城沖を震源とするM7.4の地震があった。普段は大手メディアに批判的な立場の私も、この時は全国に放送局を網羅しているNHKを視聴した。そうしたら、アナウンサーが、テンパった口調で盛んに避難を呼びかけていて緊迫感が凄かったのだ。

 私自身は昨年の教訓を元に、今までの冷静沈着な報道姿勢を改め、人命にかかわることだから、これくらいしないといけないのかもしれないと、評価していたのだが、被災者の方々の印象は違ったようだ。

 「NHK避難呼び掛けの文言再検討 「つらい」の声に」(共同通信)  http://www.47news.jp/CN/201212/CN2012121901001743.html

 確かに、「昨年の津波を思い出してください!!!」というのは行き過ぎた感じがしないでもない。しかし、定点カメラの映像を観ると、港湾地区と思われるところでも普通に車が走っていた。もちろん避難するためだったのかもしれないが、私には昨年の地震の時に映っていた映像と似ているように思えた。

 今回は大きな津波にならなかったから良かったものの、麒麟地震研究所が予測しているようなアウターライズ地震で昨年以上の津波が襲った場合には、さらなる被害者を出しかねない。さすがにNHKも、そんな二の舞はさせないと思ったのではないだろうか。

 昨年、南相馬市へボランティアに行った際、現地の人達が口々に言っていたのは、「まさかこんなところまで津波が来るとは思わなかった」ということだ。それは私も実感した。甚大な被害を受けた家からは海なんて見ることが出来なかったのだから。

 NHKは表現の仕方を変えるというが、パニックを起こす懸念や住民感情に配慮し過ぎることだけは止めて欲しい。嫌われても文句を言われても、やはり大切なのは命を救うことだと思う。悪者になる覚悟で頑張って欲しい。

2012年12月18日 (火)

「小選挙区24% 比例代表15% 自民 民意薄い圧勝」(東京新聞)の記事を読んで思うこと

 一昨日行われた衆院選では不思議なことが起こっていた。ニュースで流される投票率の印象とツイッターのTLに載せられる行列が出来る各投票所の様子が全く違っていたのだ。いろいろな方々が実感と違う、何かおかしい、なんて呟いていたけれど、結局、投票所で上手く人が捌けたかどうかということだろう。いくらなんでも総務省が改ざんしたとは思えない。結果的には、戦後最低の投票率だった。

 ざっと新聞社のウエブサイトに載っている分析記事を読んでみたが、各社似たような論評になっている。中でも東京新聞が分かりやすかった。「小選挙区24% 比例代表15% 自民 民意薄い圧勝」 http://bit.ly/YdH3uO

 これで自公合わせて、衆院の3分の2以上の議席を獲得してしまうのだから恐ろしいシステムだ。確かに民意を反映し政権交代を容易にするために導入された小選挙区比例代表制ではあったが、果たしてこれで良いのかどうか、検討する必要がある。ただ、選挙制度がどうであれ、有権者の4割以上が棄権していることが一番問題だ。

 正直言って、昨年の東日本大震災、原発事故、消費増税、TPP参加問題、復興予算の横流しなど、様々な問題が噴出し、今こそ政治に関心を持つべきなのに、何でそんなに無関心でいられるのかが、私にはよく分からない。

 もちろん大手マスコミが自公圧勝という世論調査を公表し投票意欲を失くさせたり、その他様々な理由はあると思う。しかしながら、この投票率の低さは、病気等で行けない人を除いて、御上の決めたことを唯々諾々と許容できるという人が多いのかもしれない。そういう意味では自由で豊な国なのだろう。

 ただ、その自由もいつまで謳歌していられるか分からなくなった。マスコミが選挙後に公表するのもずるい手段だが、今回当選した議員の大半が改憲に前向きだ。自民党の草案では第9条の改正にとどまらず基本的人権もバッサリ落としている。しかも、早速、安倍次期首相が改憲の意気込みをみせている。「美しい国」というのなら、まず真っ先に取り掛かるのは東北の復興なのではないか?

 もっとも、来年夏の参院選までは、猫を被っておいてネジレが解消したら、改憲に消極的な公明党を切って維新と連携することも十分あり得る。こう考えてくると、国の暴走を止めるには参議院の存在価値も高いことが分かる。しかし、残念ながら、自由で豊かな皆さん達はこういう危惧についても「バカバカしい」と一蹴するのだろう。数年後、この危惧が笑い話となることを願う。

 

2012年12月17日 (月)

結局、官僚に使い捨てされた民主党政権だった。

 昨日、行われた第46回衆議院議員総選挙では自民党が大勝し、民主党は現職の閣僚8名が落選するなど、壊滅的な大敗となった。選挙のことについては改めて書くとして、私なりに民主党政権の転落要因を考えてみたい。一番のポイントは政策の順序を間違えたことにあると思う。

 そもそも政権交代前から様々な妨害工作に見舞われた。最初は西松事件によって小沢代表が退く羽目になった。西松事件では自民党の議員も名前に上がりながら、結局、立件されたのは陸山会だけで、しかも、裁判に入ってから訴因変更という形になり、検察は白旗を上げたのだった。

 次に出てきたのが、党首となった鳩山氏の献金問題。ところが何故か選挙前は大騒ぎとならず、結局、2009年9月の政権交代に至った。「官僚主導」から「政治主導」へ。私はこのフレーズに少なからず共感を覚えた。だから、支持率が高いうちに国家公務員法を改正して、国家戦略局をトップとした政治家に官僚が従うような仕組みを作るべきだった。

 ところが真っ先に浮上してしまったのが、沖縄の普天間基地移設問題。しかも、この時は翌年度の予算編成時期を迎えていたから、それどころではなく財務省にすり寄ってしまったのだろう。民主党政権が一躍脚光を浴びた事業仕分けでさえ、財務省のお膳立てなくしてはできなかったはずだ。特別会計へのメスもほとんど入らなかった。そして、ガソリンの暫定税率撤廃も反故にされてしまう。完全に主導権は財務省に移った。

 時を同じくして、検察は陸山会に対して二の矢を放つ。水谷建設絡みの不正献金問題と、鳩山氏の献金問題が再び浮上する。小沢憎しで一致する読売新聞を始めとした記者クラブメディアが「政治とカネ」というフレーズと共に一斉に叩き始める。当然、支持率は下がり始め防戦一方。そこへ姑息な松下政経塾の連中がつけ込んで内ゲバを始めたのだ。

 普天間問題では防衛省と外務省がサポタージュ、アメリカの走狗前原国交相は大使に密通するなど、様々な妨害工作で、政権交代の立役者2人を失脚させてしまった。そして、菅首相がマニフェストになかった消費増税発言。ここからの転落は見事としか言いようがない。財務省の意向のままに、消費増税路線を引っ張り、野田首相になると、自公と連携してまで法案を成立させてしまった。

 結局、その際約束を交わした「近いうちに解散」という文言が仇となり、今回の大敗に繋がっていく。おそらく解散前は議席は減るかもしれないが、自公では過半数を取れないだろうから、キャスティングボードでも握れると睨んだのかもしれない。しかしながら小選挙区制の恐ろしさがモロに出てしまった。

 このように、ざっとこれまでの推移を私の憶測と共に辿ってみると、今回の結果を喜んでいるのは財務省を始めとする官僚達と、彼らの手足となって働く記者クラブメディア、彼らに金をつぎ込む大手企業なのではないか。結局、国民から美味しい蜜を吸い上げる官報業の癒着構造は温存されたのである。

 私は戦後初の政権交代に期待したが、頭の良い官僚達にとっては、政権政党なんて赤子の手をひねるより容易いということなのかもしれない。民主党内には良い議員達もいたが、結局残ったのは、国民の政治不信を増大させたばかりでなく、党を壊滅に追い込んだ連中だけ。もう、立て直しなんてできない。死人にムチ打つことはしたくないので、今日を境に一旦、民主党への批判は終わりたいと思う。さようなら、民主党!。

 

 

 

 

2012年12月15日 (土)

米東部コネティカット州の小学校で起きた銃乱射事件について思うこと

 最近は、目が覚めるとニュース代わりにスマートフォンでツイッターのタイムラインを見ているが、今朝は驚いた。アメリカにいる日本人ジャーナリストの連続ツイートで、英文交じりに27名死亡と書いてあるではないか。正直言って、あまり時間はないのだが、ちょっと調べてみると、コネティカット州の小学校で銃乱射事件が起こったということが分かった。何とも痛ましい事件に唖然となるばかりだった。

 仕事から帰ってきて詳しく調べてみると、犯人は20歳で、母親を殺害した後、その母親が教師を務めている学校で凶行に及んだということが分かった。しかも、犯人は自殺した。彼の動機は何だったのか、結局、推測するしかない。亡くなった子供達に何の罪もないだけに、たとえようのない悲しみが伝わってくる。

 この事件を受けてオバマ大統領は涙ながらの声明を出したが、何らかの銃規制に繋がっていくのだろうか?そうなれば良いのだが個人的には難しいと思っている。なぜなら、今回のような銃乱射事件はこれまで何度もあり、その都度、銃規制の議論が持ち上がったが、銃器関連団体がそれを巧みに阻止してきているからだ。

 アメリカは日本のような単一民族国家ではなく、多民族国家なので人種によって価値観も違い、また、格差も激しい。こんな社会環境の中で安全に暮らしていくために銃の所持はやむを得ないと考える人達も多いのだろう。

 それに今さら銃規制をするにしても、秀吉がやったような刀狩りが出来るわけでもないから実効性が不透明だ。自主的に差し出す人なんて皆無だろうし、高値で引き取るような方策をとっても、安全の為に銃を持つ自由を奪うのかという意識の方が先立ってしまうような気がする。しかも銃器関連団体は議員に対して相当の献金をしているし、メディア戦略で国民意識を変えようとするだろうから、銃規制の法律が通るとは思えない。

 もちろん、今回の惨事を受けてアメリカ人の意識がガラッと変われば別だが、悲しいかな、ほとぼりが冷めた頃には元の木阿弥になってしまうだろう。おそらく学校の警備を厳重にするというところに落ち着くような気がする。そしていつか悲劇は繰り返される。まるで悪魔のスパイラルだ。もう言葉にならない。

 犠牲になられた子供達と学校関係者のご冥福をお祈りします。

2012年12月14日 (金)

「<特定避難勧奨地点>初の解除 福島・伊達などの129世帯(毎日新聞)yahooニュース」の記事を読んで思うこと

 「<特定避難勧奨地点>初の解除 福島・伊達などの129世帯」(毎日新聞)    http://bit.ly/12cQiv8

 この記事を読んで、素直に「解除されて良かったね!」と思える人がどのくらいいるだろうか。特定避難勧奨地点が解除されるということは、今後は賠償期間にあたらなくなるのだから、私には東電救済の一環としか思えない。そして、あのチェルノブイリの強制避難地域でさえ年間5ミリシーベルトなのに、この国では相変わらず年間20ミリシーベルトの基準自体見直されていない。これには驚くばかり。

 そもそも放射線量が下がったのは除染だけではなくて、セシウム134の半減期が約2年だから、その分が下がっただけではないのか?それに線量だけ注目しているけれど、もっと危険は他の核種は問題ないレベルなのか、それも疑問である。

 私が311以降知ったことは、放射線に対しての閾値(ここまでなら大丈夫という値)なんてないし、その影響も人によって違うということだ。だから、こんなものには出来るだけ浴びないことが賢明なのだ。でも、目に見えないし匂いもないから、だんだんその恐怖心は薄れていってしまうのだろう。私自身、昨年、ボランティアで南相馬に行った時、ガイガーカウンターの値を見なければ、その危険性に気づかなかったはずだ。

 しかし、故郷を失うということは私の想像を超える。安易に「それでも危険だから避難しましょう」なんて言えない。ただ、小さい子供がいたり、将来の健康不安が拭えず別の場所で暮らしたいと思う方々には、それ相応の補償をすべきなのではないか。いつになったら真っ当な国になるのかという思いが募る。

2012年12月12日 (水)

舞鶴少女殺害事件、高裁で逆転無罪判決が出されたことについて思うこと

 今日、2008年に起きた舞鶴少女殺害事件の控訴審で、被告に対して逆転無罪の判決が言い渡された。私は逮捕当初から、これは無理筋だろうと思っていた。しかしながら、地裁では有罪無期懲役の判決が下されたので、高裁でもこのまま支持するのではないかと危惧していた。ところが、今回の判決では推定無罪の原則が働き、極めて真っ当な判断が下されたことにホッとしている。

 もちろん、少女を殺害した犯人が今もなお、平然と生活していることには憤るし、許しがたい事件であることに間違いはない。だけど、立証責任は検察側にあり、犯行を裏付ける真っ当な証言や確固たる証拠がない以上、それを裁判官が納得できなければ無罪判決が出されて当然なのだ。

 おそらく、今回の判断には、先に無罪判決が出された足利事件や東電OL事件、そして、PC遠隔操作での誤認逮捕の影響が大きいように思える。今までだったら、警察や検察が揃えた証拠について、裁判所はあまり疑わない節が見られたが、これら冤罪事件によって、その信用性が低下したためだろう。そういう点では裁判所が本来の機能を取り戻しつつあるのかもしれない。

 ただ、悲しいことにネット掲示板では、被告に前科があり人相も怪しいだとか、無実と無罪は違うというような誹謗中傷している書き込みが散見される。こういう原因を作ったのは全てマスコミの責任だ。警察から流される情報を漫然と流し、家宅捜索の模様も逐次報道し、被告があくまで犯人であるかのような印象を植え付けていた。今回の件についても、自分達の報道姿勢について反省している点は全く見られない。私が被告の立場だったら、名誉棄損で訴えているだろう。

 今日の判決内容をみて思うことは、やはり、取り調べ時の全面可視化は不可避だということだ。供述の信用性なんて、可視化していれば客観的に判断できるではないか。また、検察側が持つ証拠も全面的に開示しないと、こうした悲劇は繰り返される可能性が高い。これは被告側だけでなく、検察側にだって有利な点はあるはずなのだ。これを機会に、捜査や裁判所での立証方法を再検討して欲しいと願うばかりだ。

【追記】被害に遭われた少女のご冥福をお祈りします。ご家族にとっては納得いかない判決だったかもしれませんが、やはり冤罪はいけないのです。警察には真犯人の摘発を期待します。

 

2012年12月11日 (火)

敦賀原発の活断層問題について思うこと

 昨夜、原子力規制委員会が敦賀原発の地下に活断層があるとして、運転は認められないとする評価を下した。国の指針では活断層上に原発は立地できないのだから、当然廃炉にするしかない。

 しかし、マスコミが取り上げた田中委員長の言葉が妙に引っ掛かる。「今のままでは、再稼働は難しい・・」の「今のままでは」という部分だ。もしかすると、指針を変えてしまうのではないかと危惧してしまう。なぜなら、311前、この国では人が放射線を浴びて良いのは年間1ミリシーベルトだったのにもかかわらず、それが簡単に20ミリシーベルトに変更できてしまうのだからだ。自分達の利益の為なら何でもやることが、この時よく分かった。決して性善説でみてはいけない人達なのだ。

 そして今日には早速、敦賀原発を運営する日本原子力発電(原電)は規制委員会に対して、科学的根拠を示せ!と批判しているし、立地している石川県知事や敦賀市長といった方々も、奥歯にものの挟まったようなコメントを出している。再稼働して欲しくて仕方がないとしか思えない。

 マスコミがいかに隠そうとも、インターネット上ではこれまで原子力発電所に立地に絡む諸問題が溢れている。311以前は眉唾としか思えなかったものが、実は正しかったのではないかと再認識されつつあるのだ。この敦賀原発だって、当初はちゃんと地質調査はしたはずだ。それなのに何故、活断層と分からなかったのか?建設ありきの調査ではなかったのか?

 良心的に考えれば、当時の技術では活断層と判断できなかったのかもしれない。しかし、一応、第三者機関の形態を持つ規制委員会の判断は尊重して当然なのだ。そもそも日本の国土なんて狭い上に4枚のプレートがひしめき合う地震多発国ではないか。全ての活断層が把握できているとも思えない。安全神話が崩壊した以上、国民のコンセンサスなんて得られるはずがないではないか。やはり、原発ゼロを目指していくのが賢明な選択だ。

 

2012年12月10日 (月)

北朝鮮のミサイル発射実験の報道には、もう、いい加減ウンザリする。

 今夕のテレビ欄を見ると、北朝鮮のミサイル報道ばかりが目につく。これは公職選挙法によって選挙報道に制限がかかっているからだろうか?それにしても、マスコミがどんなに危機感を煽ったところで、我々にはどうすることもできない。そのことは8ヵ月前にもブログに書いていた。

 マスコミが騒ぎ過ぎてないか?北朝鮮ミサイル発射。http://bit.ly/Hxmj98

 北朝鮮は韓国の大統領選と日本の衆議院選挙に合わせて、やっているんだろうけど、もうこんなパターンは読まれているから威嚇にもならないし、経済支援を引き出すことは余計難しくなる。国威発揚するにはお金をかけすぎだ。もう、その意図がよく分からない。

 まあ、それなのに、この国のマスコミは横並びで報道しまくる。軍事評論家は儲かるかもしれないけれど、聞く方にとってはウンザリだ。そもそも、日本を直接攻撃するミサイル(ノドン)は既に配備済みであって長距離弾道ミサイルテポドンではない。テポドンは対アメリカ攻撃を想定したものではないか。

 それに、どこどこに何を配備したとか、イージス艦が3隻移動したとか、こんな情報ダダ漏れでは、いざというとき、この国がどういう措置を取るのかが丸見えではないか?(その裏をかいているなら良いのだが)

 だいたいアメリカが大騒ぎするなら分かるけど、アメリカではこの問題がどのくらい報道されているのか?とても大騒ぎになっているような気がしない。なのに何で日本のマスコミが冷静な対応ができないのか。何となくだが、ナショナリズムを煽っているような気がしてまう。穿った見方をすれば、これも選挙活動のバックアップかというようにすら思えてしまう。官房長官の不用意な発言「ミサイルはさっさと打ち上げて♡」も引き出し、言葉刈りをしている始末だ。

 この問題は防衛省がしっかり情報収集して冷静に対応してくれれば、それで良いと思う。

 

2012年12月 8日 (土)

NHKスペシャル「救えなかった命~双葉病院50人の死」を観て思うこと

 おそらく土曜日の夜、こんなテーマの番組を観る人は少ないだろう。だけど、次にいつ来るか分からない災害で、こういう悲劇を再び起こさないためには目を背けてはいけない。

 東日本大震災から1年9ヵ月、ようやく我々一般人も知ることになった双葉病院の真実に愕然とした。当時、双葉病院の医師達が患者を放棄して自分達だけ逃げたような印象を与える報道があったように記憶しているけれど、全く違っていたではないか。現場にいた人達の惨禍を知れば、もうどうしようもなかったとしか言いようがない。

 ただ、少なくとも双葉病院の場合は、地震で建物が倒壊したわけでもなく、津波による浸水も全くなかった。ライフラインは寸断されていたけれど、避難を余儀なくされたのは、直線距離にして4.5㎞の所にある福島第一原発の事故であることに間違いはない。この事故さえ起きなければ、寝たきりの患者さん達をバスで13時間も移動させる事態には陥っていない可能性も高かったのではないかと思うと悔やまれる。

 今夜のNHKスペシャルを観て、災害時に介護施設や病院に入院している人達の命を救うにはどうすればいいのかを考えてみると、一つの方策として、病院船を用意しておく方法があるのではないか?震災直後にもこの意見はあったが、今回のように津波被害で港が壊滅した場合には使えないということで否定された。

 しかし、病院船は少し沖合に停泊させておいて、ドクターヘリでピストン輸送するようにできれば、少なくとも13時間の移動なんてあり得なかった。また、これは被災地域で医療施設が使えなくなった場合にも有効になると思う。それに数百人規模での受け入れも可能だ。

 もっとも、これは私の浅はかな考えで、実際には予算はどうするとか、使わない時はどうするとか、そのための人員はどうする等々、様々な問題があるだろう。でも、これだけ悲惨なことが起こったのだから、いろいろな方々の知見を集約して、次に来る災害に備えることが必要なのだと思う。今回、犠牲になられた方々のご冥福をお祈りします。

2012年12月 6日 (木)

「160匹犬屋敷、元ブリーダー逮捕 動物愛護法違反容疑」(朝日新聞)の記事を読んで思うこと

 かなりショッキングな映像があったので朝日新聞のリンクは貼らないけれど、保護された犬達は無事に回復するのだろうか?また、新たな飼い主に巡り合えるのだろうか?あるいは、殺処分か?こういう痛ましい事件が何度も繰り返されているような気がする。何とかこういう小さな命を守れないものなのだろうか。

 ペットショップの方には申し訳ないのだが、個人的には出店等の規制を強化して欲しいと思っている。そして、メディアも可愛いペットの紹介をした時間と同等に、殺処分の現状を伝えるべきだ。ペットショップで売れなかった子犬や子猫はいったいどうなるのか?そういうところもちゃんと取材するべきだ。毎年、犬や猫が20万~30万匹も殺処分されているのに、ペットの購入意欲を掻きたてる番組には違和感がある。

 そして、今回逮捕された女性も元ブリーダーだ。何で160匹にまで増やしてしまったのかその動機は分からないけれど、書いてある記事によると、ミニチュアダックスフンドやチワワとなっているから、基本的には販売目的だったのだろう。おそらくそれで収拾がつかなくなったのだと想像してしまう。

 もっとも、こういう事件が起こると、ペットショップ批判をしてしまうのだが、根本的には人間のモラルの問題だということは間違いない。こうした悲劇を防ぐには、資格制及び完全登録制にでもして、違反したら罰則にでもしないといけないのかもしれない。

 何故、私がこの問題に関心を持つのか。それは、こうした犬や猫を見るたびに、今の社会情勢を見ているような気がして仕方ないからだ。血統書付のペット(いわゆる勝ち組)は大事に扱われ、落ちこぼれたもの(負け組)は野良になって最後は殺処分となる。競争に勝ち残れない弱者の成れの果てだ。これは新自由主義(市場原理主義)を具現化しているようにしか思えない。

 少し飛躍しすぎたかもしれないが、多くの人が目を背けずに犬猫の殺処分問題に関心を持って、国や行政機関を動かし殺処分ゼロを目指して欲しいと心から願うばかりだ。また、今回保護された犬達も、是非、心ある飼い主が現れて引き取ってもらうことを願う。

 

 

2012年12月 4日 (火)

逆説的だが、「原発フェードアウト」って正しいのかもしれない。

 今日、衆議院選挙が公示され選挙戦が始まった。争点の一つなっている原発問題だが、各政党とも安全性や電力不足、電気料金値上げ云々ということは言っているようだが、肝心なことに触れていないような気がする。それは、使用済み燃料の処理をどうするかだ。(⇒日本未来の党は触れている)

 一昨日、ニコニコ生放送で、飯田哲也(日本未来の党代表代行)氏と田坂広志(多摩大学大学院教授)の対談を観ていた。そこで、田坂氏が言ったことに、ハッとさせられた。主旨はこんな感じだった。「脱原発、原発維持の論議は結構だが、使用済み燃料の処理が出来なければ、早晩、原発の稼働は出来なくなる。その時のことを考えた道筋を考えるべきだ」と。

 そうなのだ。核燃料サイクルが崩壊寸前の今、使用済み燃料は各原子力発電所の敷地内のプールか、六ヶ所村の再処理工場に保管されている。そして、今までのような原発の稼働状況なら、あと数年で満杯になってしまうという。もう、物理的に原発は稼働できないことになる。

 使用済み燃料の処理については、世界各国で研究されているのだろうけれど、有効な手段は見つかっていない。今のところ私のつたない知識では、使用済み燃料をガラス固化して無害化するまで数万年、地中深くに埋めておく方法だけだ。確か広大な土地のあるアメリカでさえ、未だにその場所が決まらないために、原発の新設は認められないという決定がなされている筈だ。

 アメリカに比べて、はるかに面積が少なく、尚且つ、活断層が至る所にあるような日本でこんな場所が見つかるのか?既に学術会議でもさじを投げてしまったではないか。そう考えると、使用済み燃料が飽和状態になって原発が止まる前に、その代替エネルギーを確立しておくことが重要であることは間違いないのだ。

 今回、日本維新の会の公約で「原発はフェードアウト」と書かれていて物議を醸しているが、使用済み燃料の処理方法が確立されない以上、逆説的ではあるけれど、案外正しいことを言っているのかもしれない。

2012年12月 3日 (月)

笹子トンネル天井板崩壊事故について思うこと

 昨日、中央道の笹子トンネルで天井板崩落事故が起こり9名の方が亡くなった。つい2週間前、私も同現場を通っているので全く他人事とは思えない。そもそも、高速道路のトンネルなんて、運転するものとしては一番メンテナンスが行き届いているとも思っている。まさか天井が崩れてくるなんて、とても想像できない。事故に合われた方々は計り知れない恐怖に見舞われたことだろう。

 事故から一日が過ぎて、”老朽化が原因か?”などと言われている。家の近くにある都夫良野トンネルでも同じ構造ということで早速点検が行われていたようだ。おそらく、これから様々な角度でいろいろと検証されるのだろうけれど、根本的な原因を突き止めて再発防止を徹底してもらいたい。

 そう言えば、今年は4月に関越道で高速ツアーバスが防護壁の隙間に衝突して7名が痛ましい事故もあった。1年経たないうちに、こんな大きな事故が起きるなんて、何かの祟りかとさえ思えてしまう。

 何でもかんでもこじつけるのは良くないけれど、昨年来、様々な安全神話が崩れてしまったように感じる。少なくとも数十年経ったインフラについては再度見直すことが必要な時期になったのかもしれない。もっとも、これもお金がかかる話で、新自由主義者やメディアはバラ撒き批判する可能性もあるけれど、何より大切なのは命なのだから、他の予算を削ってでも、総点検と補修を徹底的に行って欲しい。

 今回事故で亡くなられた方々のご冥福をお祈りします。

2012年12月 2日 (日)

今回も間に合わなかった―ネットを活用した選挙活動

 衆議院が解散されてから、すでに選挙モード一色となっている。ツイッターやフェイスブック、大規模掲示板では、様々な声が飛び交っている。それが明後日4日からの選挙期間に入ると、公職選挙法の関係で一定の制限がかかる。これって絶対におかしい。

 私は昨年の6月29日に「公職選挙法-いつになったらネットが解禁になるのか?」というタイトルで自分の思うところを書いたけれど、結局、今回も間に合わなかった。http://m-kazuma2007.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/post-f5ff.html とても残念というか、政治家がだらしないのだから仕方ない。旧態依然たる、政見放送、ポスター、街宣車、辻立ち、公開討論会でしか候補者の意見が分からないなんて、まったくナンセンス極まりない。

 そもそもネットの規制なんて、表現の自由という憲法違反なのではないか?仕事に追われる人が多い中、その候補者のことを的確に知ろうと思えば、今やネットぐらいだ。おそらく情報源を握っていたい記者クラブメディアなどは、ネットを解禁した方が良いなんて逆立ちしたって言わないし、話題になれば、ネガティブキャンペーンを展開するだろう。

 それに総務省も、こういう発言はOKだけど、こういう発言はNGという程度の統一見解は出すべきではないのか?何千万人も利用しているSNS全てを監視することなんて出来ないのだから、誰かの通報によって警察が動くのだろうが、それでは恣意的な逮捕者が出てくる気がしてならない。怖い話だ。

 ただ、日本維新の会の橋下代表代行は自身が候補者でないから、どんどんツイッターで発信すると言っている点は見ものだ。彼は弁護士なのだから、我々一般人よりはるかに法の盲点を知っている。維新の会の政策には賛同できないが、この選挙でなし崩し的にでもネット解禁に向かうなら、それ自体は歓迎する。

 私自身は、露骨な応援や誹謗中傷はしないつもりだが、政策に対する感想を書くぐらいなら良いだろう?様子を見ながら適宜ツイートしていこうと思う。

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