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2013年1月25日 (金)

私が憤慨・反省した3つの報道被害~その2.松本サリン事件

 松本サリン事件(1994年)。事件とは全く関係が無く、しかも奥さんさえ被害に遭っているのに、犯人扱いされつづけた河野さんに対する報道被害については、今もなお、忘れることが出来ない。ただ、私自身、メディア情報を鵜呑みにして当初は河野さんが犯人だと思ったので、少なからずメディアの犯罪に加担したことになる。だから、タイトルに「反省」という言葉を入れた。

 そもそも最初は何が起こっているのか、全く分からなかった。松本市内で人が次々に不調を訴え、病院に運ばれ亡くなっていく。そのうち出てきた情報が、事件の第一報者である河野氏が農薬を調合していたらしいということだった。家宅捜索され薬品等がかなり押収されたので、一気に氏が犯人であるかのような雰囲気が作られていった。

 ところが数日経って、この事件で被害を受けた方々の原因は猛毒の「サリン」ということが発表されて、少しだけ懐疑的になってきた。こんな毒ガスを素人が簡単に作れるのか?でも、毒ガスの知識など全くもっていないから、おかしいとは思いつつも、報道を鵜呑みにしていった。完全に違うと思い始めたのは、押収された薬品では「サリン」を作れないという報道があったからだ。それからは河野氏犯人説は薄れていったように記憶している。

 しかし、この時、河野家はまさに地獄だったようだ。これは映画「日本の黒い夏-冤罪」を観ればよく分かる。投石、批判の手紙、週刊誌の誹謗中傷、こういう状況が翌年の地下鉄サリン事件がオウムの仕業だと判明するまで続くのである。その苦痛は計り知れない。

 ウィキペディアを見ると無罪確定後、メディアは謝罪文等は掲載したようだが、河野氏の元を訪れ直接謝罪した会社は皆無のようだ。これが「社会の木鐸」なのだろうか?今にして思えば、河野氏には、ここでメディア各社を相手に訴訟を起こして欲しかった。そうしていれば、今なお続くメディアスクラムなどによる報道被害を抑制できたかもしれないからだ。

 今、河野氏は松本を離れ沖縄で生活されているようだ。世間の雑踏から離れてのんびり暮らされていることだろう。そうあって欲しい。

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