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2013年3月10日 (日)

忘れてはいけない…東京大空襲から68年

 明日3月11日が東日本大震災から2年ということで、テレビ、新聞、ラジオなど主要メディアは、どこも震災特集を組んでいる。そのこと自体は悪くないが、記念日的に放送するのではなく、普段からもっと伝えるべきではないか。

 その陰に隠れて、今日、3月10日は68年前に東京大空襲があった日だ。一夜にして約10万人もの方が亡くなった。当然、追悼行事が行われたが、こちらの扱いは低い。もちろん、直近の災害の方が印象深いから、そういう扱いになるものも仕方ない。ただ、日本人としては決して忘れてはいけない。

 ミッドウェイ海戦に敗れ多くの戦艦、空母を失い、サイパンまで陥落した段階で、この戦争に勝ち目がないことは、軍部や政治家は分かっていた筈だ。それなのに「本土決戦」などと国威発揚し続けた結果が、東京大空襲であり、その後の広島、長崎への原爆投下に繋がっていく。

 今にして思えば、何でこんな馬鹿げたことを続けたんだろう?と嘆く人が多いかもしれない。個人的には、指導者たちが面子を捨てられなかったことと、メディアと一緒に作ってしまった”雰囲気”に逆らえなかったのではないかと考えている。

 68年経った今、原発問題やTPP問題では、何となく当時の一方的な論調に似たような雰囲気作りが行われているような気がして仕方ない。止める勇気も必要だということに気づくべきではないだろうか?

 当時、亡くなられた方々のご冥福をお祈りします。

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太平洋戦争初期に、フィリピンの米比軍はキング少将もジョーンズ少将も投降して、75000人以上の将兵の命を救った。
太平洋戦争後期に、日本軍は米空軍の飛来をゆるし、1945年3月10日未明、東京の下町の江東地区がB29約300機による空襲をうけ、死者10万をこす被害を出した。
日本人の指導者には、作戦の成否は予測できなかったのか。人命の尊重はどのように考えられていたのであろうか。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://3379tera.blog.ocn.ne.jp/blog/

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