« 「財務省に聞いた「二千円札」の今後」の記事を読んで思うこと。 | トップページ | まるで村上春樹狂騒曲を奏でるメディア »

2013年4月10日 (水)

昨夜(4月9日)、NHKドキュメンタリー「21頭の犬たち ふるさとへの旅」は涙なくしては観れなかった。

 昨夜(平成25年4月9日)、NHKのドキュメンタリー「21頭の犬たち、ふるさとへの旅」を観た。

 内容は「原発事故の影響で、家族と一緒に暮らせなくなった福島県飯舘村の犬たち。岐阜県にあるNPOでは、そうした犬を無償で預かっている。3月10日、飯舘村の犬21頭が一時的に里帰りし、家族と再会した。家族に会うために800kmの道のりを車に揺られて同村に向かった犬たち。愛犬との再会を心待ちにしていた家族。つかのまの再会を喜ぶ犬と、その家族の姿を通して、震災から2年になる被災地・飯舘村の今を見つめる。」

 避難所や避難先のアパート等では飼えなくなった犬たち、2年間、離れ離れになっても犬たちは飼い主のことや家のこと、散歩した道を覚えていた。滞在時間は僅か3時間。飼い主に連れられて、ふるさとの地を散歩する姿は、もう切なくて涙なくしては観られなかった。

 いい歳したおっさんがこんなものを観て嗚咽を漏らすくらい泣いたのを笑うなら笑え!NHKは会社的には原発推進なのだろうが、NHKの偉いさん達、政治家、官僚、大メディアの連中、経団連の偉いさん達、このドキュメンタリーを観て、平然と原発再稼働と言えるのか?自分達さえ儲かればそれで良いのか?このドキュメンタリーを観て、私はそうした原発推進の連中に憤りを覚えた。

 私はボランティアで南相馬に行った際、飯舘村も通ったので、余計感情的になるのかもしれないけれど、少なくとも村の建物自体はほとんど壊れておらず、放射能汚染さえなければ十分生活可能だった。それなのに、人々からその生活を奪い、こうしてペット達とも離れ離れにさせたのは誰のせいだ。

 直接的にはこんな地震大国に原発を建てた国及び東電にあるのだろうが、間接的には、経済の為と、連中の言われるがままに容認してきた私達一般庶民にも責任はあるのだ。映像を観ながら謝っていた。

 しかし、この地に3時間だけでも生きて飼い主に再開できた21頭の犬たちは、まだ幸せだ。既に多くの犬猫が死に、牛などの家畜は殺処分された。今でさえ、大熊町や双葉町などの警戒区域には多くの路頭に迷う犬や猫達、牛などの家畜もいる。政治家や官僚は自分達が実際に手を下さないから、平気で殺処分命令などを出せる。殺すならお前たちがその手でやれ!

 そもそも復興予算をジャブジャブといい加減に使うくらいなら、こうしたペット達を800㎞も離れた地ではなく、仙台や新潟、あるいは郡山や福島でもいい、被災者が暮らしているそばに施設を造ってあげることはできないのだろうか?そうすれば、週末だけでも会いに行けるではないか?

 この国は新自由主義(自分達さえ良ければそれでいい)が蔓延してから、思いやりに欠ける国になってしまった。今の政府やメディアは狂っているから現時点で裁くことは出来ないかもしれないが、あと数十年もすれば、歴史が連中を断罪するだろう。見捨てられた動物たちが成仏するためにも、そうあって欲しい。

 

« 「財務省に聞いた「二千円札」の今後」の記事を読んで思うこと。 | トップページ | まるで村上春樹狂騒曲を奏でるメディア »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/219908/57146061

この記事へのトラックバック一覧です: 昨夜(4月9日)、NHKドキュメンタリー「21頭の犬たち ふるさとへの旅」は涙なくしては観れなかった。:

« 「財務省に聞いた「二千円札」の今後」の記事を読んで思うこと。 | トップページ | まるで村上春樹狂騒曲を奏でるメディア »

2018年10月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
無料ブログはココログ