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2013年4月

2013年4月30日 (火)

「猪瀬知事 五輪招致巡る発言訂正し謝罪」(NHKニュース)を読んで思うこと

 いつから日本ではこれが「謝罪」と言えるようになったのか?確かに言葉では「謝罪します」なんて言っているけれど、ぶら下がり取材で、しかも、この憮然とした態度、刺々しい言葉遣い、私にはとても「謝罪」とは思えない。http://bit.ly/13HK45W

 そもそも昨夜猪瀬知事は、インタビュー記事を書いたニューヨークタイムズを非難するようなコメントを出していた。それをすぐさまグーの根も付けぬほど反論されたから、今朝になって態度を一転してぶら下がり取材に応じたのだろうが印象が悪すぎる。もし、知事が誰かから罵倒されて、こんな態度で「謝罪します」と言われて、「はい、真意は理解しました」などと、受け入れるのだろうか?

 真っ当な人間なら、ちゃんと記者会見場をセッティングして、まずは頭を下げ、自分の過ちを淡々と語るだろう。こんなぶら下がりでの会見で「謝罪」などと銘打つメディアの認識もおかしい。

 昨日のブログでも指摘したけれど、一旦、権力側に立ち、取り巻き連中からチヤホヤされると天狗になり、逆の立場では考えなくなってしまう典型的パターンのようだ。映像を見ているだけで、傲慢さのオーラが出ているではないか。

 それに今回のことは五輪招致問題だけに留まらない。世界の人口の4分の1を占める約16億人のイスラム教徒に不快感を与えたのだ。そもそも過激な行動に走るのは、ごく一部の者達であって、大多数の信者はテロ行為など行わない。おそらく日本人よりも純粋に宗教を信じ、アラーの教えを守っている人達なのだ。そして過激な信者からは敵対的に見られ、日本人がテロの対象にもなりかねない。

 それに引き替え、こんな侮辱を受けても、トルコ青年スポーツ相は「われわれは日本人を愛しています」という文言から始め、今回の猪瀬発言を柔らかに非難している。彼らは、まだ日本人のことを、明治23年エルトゥールル号を助けた恩人だと思っていてくれているのだ。

 しかし残念ながら、新自由主義が横行する日本ではそんな美徳は存在しない。私は、あの会見を見て本当に情けなく、そして悲しくなった。

2013年4月29日 (月)

猪瀬知事「イスラム諸国はけんかばかり」(NHKニュース)の記事を読んで思うこと

 猪瀬知事「イスラム諸国はけんかばかり」。ツイッターのタイムラインには朝からこの話題が流れていたが、夜になって、NHKや共同通信が報じたようだ。http://bit.ly/12U0tpg

 今さら真意云々を弁解したところで、日本国内ではメディアを抑え込めても、すでに立候補国では報道されている。そして何より、この発言はイスラム教徒に喧嘩を売っていると捉えられても仕方ない。変に弁解しないで謝罪する方が賢明だ。もちろん、五輪招致には大きなマイナスとなってしまったことは言うまでもない。

 もっとも私はこのブログにも書いてきたとおり、東日本大震災の復興、原発事故の収束(=最低でも放射能漏れが止まること)がない限り、東京五輪には反対だった。そして、招致するなら仙台にすべきだと思っている。そもそも2018年には冬季五輪が韓国で行われるのに、2年後に隣の国で夏季五輪なんて、タイミングが悪すぎる。

 副知事になってからの猪瀬氏は、そのツイートをみても傲慢さが滲み出ていたきらいがある。自分が正しいと思えば、批判者に対して喧嘩腰になっていたようなイメージしかない。そして、石原氏の後釜として都知事に就任した。人というのは一度祭り上げられてしまうと、権力を握ってしまうと、逆の立場から物事が考えられなくなってしまうのか。著書「日本国の研究」で鋭い指摘をしているなぁ?なんて感心していた頃が懐かしい。

 果たして、この窮地をどう脱出するのだろうか?そして、五輪マネーを当てにする民放各社はどう報道するのだろうか?明日からの展開を見守りたい。

 

2013年4月28日 (日)

「主権回復の日」それとも「屈辱の日」?

 恥ずかしながら、自分の誕生日が「主権回復の日」と「屈辱の日」の両方併せ持っていたことに、つい最近知った。確かに表向きは主権が回復した日なのだろう。しかし昨年、孫崎亨氏の「戦後史の正体」を読み、昨今の状況をみるにつけ、本当の意味での主権回復なんて出来ていないと感じている。

 特に酷かったのが、オスプレイ配備で、あれだけ反対運動が起こっても、政府は認めてしまった。様々な条件すらも一方的に無視されて、何かあれば、事後報告で終わり。メディアも深く追求せず、多くの国民も自分達の所で飛ばなければ気にもしない。

 また、沖縄の基地における不祥事も結局、うやむやになっている。自民党のとある女性議員に至っては、沖縄メディアが間違っているような発言を平気でしている。弱者に痛みを押し付け、金をばら撒けば済むかと思っているのかもしれない。それにもかかわらず、本土の大手メディアは騒がない。

 何のことはない、TPPも原発再稼働も大規模金融緩和もアメリカの意向によって進められているだけではないか。何が日米同盟だ。活かさぬように殺さぬように。まるで江戸自体、幕府が農民に対して行っていたようなことのようだ。それなのに安倍内閣の支持率が7割もあるのには失望感しか湧いてこない。

 私は弱者をないがしろにする政策なんて認めない。私の誕生日が「屈辱の日」でも構わない。そもそも勝った者だけが恩恵に預る世の中なら、政治なんていらない。貧乏で生活するだけがやっとの自分には表立って活動は出来ないけれど、これからも意思表示だけは続けていきたい。

2013年4月27日 (土)

40代最後の夜に思うこと

 とうとう40代も最後の日を迎え、あと2時間足らずで50代に突入する。月日の経つのは何と早いものか。世間体からすれば、いい歳して所帯も持たず、その日暮らしの生活で、嘲笑されてもおかしくない。確かに私の年齢ともなれば、家はもちろん、孫のいる人だっているだろう。

 しかし、16、7年前、どん底にあえいでいた自分からみれば、今は天国のようだ。あのままだったら、精神病院で一生を終えていたかもしれないし、下手をしたら自死の道を選んでいたかもしれないからだ。

 疲労感、焦燥感、不安感が常に襲い、自分の存在意義を毎日自問自答していた。不眠も辛かった。心療内科に行くたびに服用する薬が増えていく。そのうち、薬の副作用からか、手が震え文字が満足に書けなくなったり、吃音で電話応対すら出来なくなった。思ったように喋れない。何とかこの苦しみから逃れられないか、昼休み、会社の横を通る中央自動車道を漠然と眺めていた。

 転機は嫌々行かされたスキー宿での夜だった。スキーは1級を取るくらい嵌っていたのに、その時は動くことすら億劫で、同行グループ内でも浮いていて酒もおいしくないし、疲れているはずなのに眠れない。情けなかった。このままで終わっていいのか。いや、このままでは終われない。ならば会社を辞めて体を完全に治して、もう一度、ゼロからやり直そう・・・という気になった。

 それから1年以上かかったが、ようやく病気も治り、数年後には診断士の資格も取ることが出来た。また体力面では私のような肥満体とも言える身体なのに、東京マラソンで2回も完走(歩いたけど)できた。自分自身を褒めてもいいのではないか?

 ただ、この5年間は仕事面でも体力面でも自分の思うようにいかないことが多く低迷期が続いている。正直言って、明日から何を目標に生きていくべきかも見えていない。こんな不安を抱えたまま、否応なく明日はやってくるけれど、自分のモットーである「しない後悔より、する反省」をもとに、後悔しない人生を全うしよう。

2013年4月26日 (金)

少し気になりつつある「源氏物語」

 今月に入って早朝、ふとしたことからコミュニティFMにチューニングしてみると、朗読の番組をやっていた。男性の落ち着いた聞きやすい声だった。何の話だろうと思ったら、「源氏物語」だった。毎日、聞ける訳ではないのであやふやだったが、どうも、この男性は林望(はやし のぞむ)という方で、”りんぼう先生”と呼ばれている。「源氏物語」を現代語訳し、その上、朗読までやっていることが分かった。そして、今は再放送らしい。

 この朗読を聞くのはたいてい運転中であるし、最初から始まる訳ではない。せめて前回までの簡単なあらすじぐらいやってくれれば親切なのだが、「謹訳 源氏物語第〇○卷『須磨』・・・」という具合に始まる。だからストーリーがイマイチよく分からない。そういえば、私は「源氏物語」なんて、紫式部が書いたもので、主人公が「光源氏」で、いろいろな女性との恋愛物語ぐらいしか知らないのだ。

 さすがに、いきなり全部読もうなんて思わないから、ネットであらすじを読んでみた。なるほど、この内容では学校で教えにくい。でも高校の時に多少読んだのか、葵の上、藤壺、夕顔、六条御息所、紫の上という女性の名前は頭の片隅にあった。しかし、こんなにドロドロとした人間関係を綴ったものだということは初めて知った。今の昼ドラの比ではない。

 そして、この小説が千年も前に書かれていることに改めて驚く。現代語訳もいろいろな方が執筆されているし、漫画や映画にもなっている。とりあえず、昨夜は近年上映された「源氏物語-千年の鍵」という映画観てしまった。当然、物語全部が描かれている訳ではない。。続きが気になるけれど、飽きやすい自分としては、あらすじ本ぐらいまでにしておこう。

2013年4月25日 (木)

「日本 NPTの核不使用声明に署名せず(NHKニュース)」の記事を読んで思うこと

 過去2度も原爆を投下され数十万人の犠牲があったこの国、2年前の福島第一原発での事故によって、今なお、十万人以上の方々が避難しているこの国が、核不使用声明には署名しないのか。とても残念な気がする。http://bit.ly/12j6j2e

 もちろん日本にとっては中国や北朝鮮の脅威があって、アメリカの核の傘が必要だということは分かる。不使用宣言なんてすれば、核の脅しに対抗できないじゃないか?という意見もあるだろう。しかし、いずれにせよ、使われてしまったらお終いなのだから被爆国の日本としては署名して欲しかった。

 安倍政権に代わって、大規模な金融緩和で円安株高となり、お金持ちの人達はさぞかし儲かっているのだろう。大メディアが気持ち悪いくらい”ヨイショ”のしまくりだから、やりたい放題のことをやっている感が強い。前にも書いたけれど、一方的な世論くらい怖いものはないのだ。

 何となくだが、異様なムード作りが行われているような気がしてならない。これでいいのだろうか?私は冷静に対処したい。

2013年4月23日 (火)

この記事を読んで、もうユニクロでは買わないことに決めた。

 昨今、ブラック企業と指摘されながら、「成長か、さもなくば死か」こんな風に平気で答える柳井会長の言葉にあらためて幻滅し、もうユニクロで物は買わないことに決めた。「年収100万円も仕方ない-ユニクロ柳井会長に聞く」。http://bit.ly/13rodzI

 これが新自由主義を謳歌するトップの本性なのか。人々を過度な競争に追い込み、勝った者だけが生き残れるという弱肉強食社会を肯定する。そして、勝った者が自分達に都合の良いようにルールを変えていく。

 人間性の欠片も感じられない。従業員は単なる駒であって、企業さえ儲かれば、自分さえ良ければ良いという姿が垣間見える。もっとも、こういう思考でなければ、20年に渡る不況下において、企業を成長させ、自分自身が世界の富豪トップ100の中に入ることもなかったのだろう。

 こういう勝ち組の連中は、どれだけ儲ければ気が済むのか?柳井会長なんて、もう使い切れないくらいの個人資産は持っているだろう。それでも怖いのか、それとも世界一になろうと強欲なのか。

 あなた方勝ち組はいくらでも競争したらいい。それによって富と名声を得ればいい。死ぬまで競争を続けるがいい。だけど、それを市井の人間まで巻き込むな!。

 

2013年4月22日 (月)

今日(4/22)のテレフォン人生相談、大原先生のアドバイスに感動した。

 私が回答者だったら、今日の相談には何も答えられなかっただろう。

 49歳の既婚女性。自営業の夫と舅との3人暮らし。1年半前ガンの手術を受けるものの2ヵ月後に再発、医師からは余命2年ぐらいだろうと告げられる。過去に不倫歴や今の夫との間の子供を堕胎した経験がある。自分自身は思春期の頃から、50ぐらいの人生で構わないと思っていたので、これも運命だと諦めはついているが・・・。家族がいなければ、直ぐに逝ってしまいたい気持ちになっているが・・・。

 回答者が幼児教育研究の大原先生と聞いて、畑違いかなぁと感じたけれど、自分と祖母との関係を引き合いに出して見事な回答だった。「命というのは神様が与えてくれたもの、だから、出来るだけ綺麗な状態で返そう。まずは、自分自身の身辺整理をして自分が生きた証を持とう。そう思えば、限られた人生、一日一日を大事に生きていこうと思えるのではないか?」と。

 先生は、当時のことを思い出したのか、感極まって泣いていた。それでも、「この涙はあなたへの同情や憐みからくるのではなく、私のエールだと思ってください」と。人生相談の回答者が感情的になってどうする?という声も聞かれるかもしれないけれど、私自身は相談者に「何て親身に、しかも真摯に思ってくれているんだろう」と思ったし、何より、相談者自身が納得していたのだから、それでよいと思う。孤独な人は自分自身の存在を心から認めてくれる人がとても愛おしい。

 私自身、回答者と同じ年齢であるし、家族もなく、ただ両親を看取るために生きているようなものだ。それでも精神疾患で当時勤めていた会社を辞めて以降は、とにかく、後悔しない人生にしようと思ってきた。だから、自分自身では最大限頑張ってきたし、その結果、人並みの人生とやらが営めなくても、それは受け入れてきたつもりだ。でも惰性で生きているのはつらい。今日の大原先生の回答は、そんな自分に対するエールだと思うようにしよう。

 

2013年4月21日 (日)

昨日(4/20)行われた第2回将棋電王戦最終局を見て思うこと

 ついにA級棋士も負けてしまった。第2回将棋電王戦最終局は、GPS将棋という東大駒場にある680台ものパソコンを繋げたソフトが三浦弘之8段を破った。なにせ1秒間に2億7千万手読めるという。三浦8段が対局後、「どこをミスしたのか分からない」と語ったように、解説者を含め、いわゆる悪手なるものはないのにもかかわらず、押し切られてしまったようだ。

 これではどうしようもないではないか。素人の私には、仮に三浦8段以上のタイトルホルダー棋士が登場しても、勝ち目がなかったのではないかと思えてしまう。

 対局後、全5局通しての記者会見が行われたが、その中で「開発者としては、このソフトがどれくらい強いのか、自分達には分からなかったので、それを試せてよかった。」という紳士的な回答が印象に残った。将棋ソフトの開発が始まって40年ぐらい経つらしいが、夢であったプロ棋士と対局し、しかも勝利できたことは開発者冥利に尽きるだろう。

 そこで今後の展開はどうなるのかが素人の私としても気になる。谷川将棋連盟会長は第3回も前向きに検討していると語った。果たして人間が巻き返せるのか?おそらく2、3年で人間側が敗北を認めることになるだろう。そして、その後は、コンピュータを活用して新手を開発し、それを人間同士の対局に生かしていくような展開になっていくのではないか?(もうやっているかもしれないが・・・)

 すでに体力という面では、人間は機械を超えることは出来ない。自動車と人間の競争なんてあり得ない。でも人間は自動車を使いこなしている。おそらく知能という面でも、徐々にそうなっていくのだろう。今回の電王戦を見て、コンピュータの進化の凄さと、人間の素晴らしさも堪能できたように思う。面白かった。

2013年4月20日 (土)

ボストンマラソン爆弾テロ事件の犯人は拘束されたけれど…市民の反応に嫌悪感。

 ボストンマラソンで起こった爆弾テロ事件の犯人が検挙された。チェチェン人兄弟で、一昨日兄(26)は銃撃戦の末死亡し、弟(19)は身柄を確保された。動機は今のところ分からないが、事件としては一件落着となった。

 そのこと自体は喜ばしいことなのだが、テレビのニュースに映る、市民の歓喜の様子に憤りを覚えた。まるでMLBのボストンレッドソックスがワールドシリーズで勝利を収めたかのようなお祭り騒ぎだったからだ。

 私はこの馬鹿騒ぎを見て”これだからアメリカはテロの標的になるし、銃乱射事件が何度も繰り返される”のかもしれないと思った。この事件では3人が死亡し、多くの重軽傷者を出している。とても深刻な事態だ。犯人は捕まったけれど、その動機や同様の事件への対策が行われなければ、手放しで喜べない筈だ。

 それに、おそらくこの映像は世界中に流れる。アメリカによって、何の罪もない肉親を殺され、貧困にあえぐ人達は大勢いるのだ。そうした人々が、この馬鹿騒ぎを見てどう思うのか、憎悪の連鎖が膨らんでいくだけではないか?それすら想像できないのが何とも悲しい。

 もはやアメリカに対しては真っ向勝負では絶対に勝てないと、負け組の連中は皆思っている。だけど憎い。一矢報いたい。そういう輩がこうしたテロを起こすのではないか。やるべきことは、格差を少なくすること、つまり、いかに世界中の人々が平和で幸福な生活を営めるように努力することだろう。

 私は決してテロは容認しないけれど、あのお祭り騒ぎは酷すぎる。報道したメディアも反省した方が良い。こんなことが繰り返されないことを願うばかりだ。

2013年4月19日 (金)

パンデミックの脅威、ふたたび。

 今日、国立感染症研究所は中国で感染者が相次ぐ鳥インフルエンザ(H7N9型)について、パンデミック(世界的大流行)を引き起こす可能性が否定できないというリスク評価を公表した。

 正直言って、「またかよ~、」という反応だ。2009年の時にはN1H1型の亜種かなにかで、しかも、弱毒性だったから、日本では罹った人は大勢いたが重症化する人は少なかった。しかし皆がワクチン接種を求め、マスクが売り切れるほどの大騒ぎになった。私はH5N1型が騒がれた時、マスクだけは買い置きしておいたのだが、知人が困っていたので譲ったくらいだ。

 今にして思えば、、「たいしたことなかった。騒ぎ過ぎだった」というように思った方がほとんどだろう。

 今回のH7N9型は、今のところ、「人から人への感染」は確認されていない。私も含めて、多くの日本人にとっては、まだ対岸のボヤ程度にしか考えていないだろう。ただ、問題なのは「油断」のような気がする。

 前回の大騒ぎに懲りているから、「今回も騒ぎだけ大きくて、たいしたことないんじゃないか」などという心理が働き、個々の人々の対応がおざなりになってしまわないだろうか。それがパンデミックを引き起こす。

 私なんてもう良い歳だし別に守る家族がいるわけでもない。いっそのこと「なるようになれ」と開き直れば良いのだが、何もしないで罹患して命を落としたら、きっと後悔するだろう。だから、ちゃんと情報を入手し、自分で出来得る対策を取ろうと思う。

2013年4月18日 (木)

頻発する地震に怯えるチキンハートな自分。

 不気味だ。4月13日にも淡路島でM6.3(最大震度6弱)があったばかりなのに、昨夜は、6時前に三宅島沖を震源とするM6.0(最大震度5強)、9時過ぎに宮城県沖でM5.8(最大震度5弱)の地震があった。それに16日にはイランとパキスタンの国境付近でM7.8の地震があって、数百名の死傷者を出したと言われている。

 地震には素人の自分だが、東日本大震災のM9.0という巨大地震は世界を覆うプレートに大きな影響を与えたのだろう。マントル対流によってプレートは押し合いへし合いをしている状況だけど、一旦、どこかでそれが解放されれば、他の部分に影響しない訳がない。地殻が活動期に入ってしまったのかもしれない。

 幸い、死者はなく、怪我人も軽症で済んでいるから、ニュースの取り扱いも小さくなっている。それはある意味仕方のないことなのだが、こんなに地震が頻発しているにもかかわらず、読売をはじめとする大メディアは原発再稼働必要論を読者に植え付けようとする意図がミエミエだ。もう、うんざりする。

 臆病な私は、緊急地震速報のチャイムが鳴るたびに「原発大丈夫だろうか?」ということが頭の中をよぎるのだが、さすが大メディアのエリート方は一味違う。円安による燃料費の高騰で貿易赤字が8兆円を超えたと、暗に「原発を再稼働しないと、どんどん家計が苦しくなりますよ」というメッセージを送っている。

 既に今年の夏に向けて各電力会社からの節電要請は行われていない。融通し合えるシステムになったらしいが、元々足りていたのは明白だ。それならば、活断層の巣とも言える日本列島から、原発を全て廃炉にすべく、別のエネルギー供給を模索するべきではないか?

 一歩間違えたら、不毛地帯が数十キロ半径で及ぶという経験をしているのに、虎視眈々と原発再稼働を目指す既得権益を持ったお金持ちの方々には、とうてい理解できない話だろう。もういい加減方針展開できないのか。。。 貧乏人の僻みと言われるんだろうな、きっと(笑)。

【追記】今夜は少し酔っているので、文章が支離滅裂かもしれないw。

2013年4月17日 (水)

ボストンマラソンの爆発事件について思うこと。

 日本時間の昨日未明(現地時間15日、午後2時50分ごろ)、ボストンマラソンのゴール付近で爆発が起き、3名死亡、17名重体、120名以上が重軽傷を負うという悲惨な事件が起こった。日本のメディアでも昨日は一日中この話題でもちきりだった。

 私自身、マラソン大会には時々出場している身なので、今回の犯行は許せない気持ちでいっぱいだ。まさか、数年前の映画版「相棒」を真似したわけではないだろうが、こんなに大勢の無防備な人々がいる中に爆弾を仕掛けるなんて卑劣としか言いようがない。

 今日になっても、犯人は捕まっておらず、果たしてこれが組織的なテロ事件なのか、それとも個人の犯行なのか、すら分かっていない。ただ、爆弾は圧力鍋を使ったもので、火薬も手に入り易いものということで、ネットで調べれば作れてしまうような代物らしい。つまり、その気になれば誰にでも作れてしまうということだ。

 事件の背景が分からないから安易なことは書けないけれど、人が集まるような場所ではこうした事件が起こり得るということだけは確かになった。しかし、残念ながら、仮に犯人が検挙されたとしても、模倣犯が出てくる可能性は否定できないのが困る。

 早速、この事件に呼応するかのように、今度の日曜日、土浦市で行われる「かすみがうらマラソン」でも、警備体制を強化するとともに手荷物検査の実施を検討しているようだ。日本では絶対起きないなんて言えないからやむを得ない措置だろう。

 将来的には、金属探知機を持った警備員があちこちにいるようになってしまうのか?こうなると、マラソン大会の雰囲気が悪くなるし、警備費用が参加費に上乗せされる事態も出てくる。ランナーにとっては迷惑極まりない(怒)。本当に許せない!

 今回の事件で亡くなられた方々のご冥福と、怪我をされた方々の早期快復をお祈りします。

 

2013年4月16日 (火)

「水俣病:熊本の未認定女性は患者 最高裁が初判断」(毎日新聞)の記事を読んで思うこと

 「水俣病:熊本の未認定女性は患者 最高裁が初判断」(毎日新聞)http://bit.ly/1194pxU この判決を裁判所の英断とみるべきか、それとも遅すぎるとみるべきか、人それぞれだろうが、私は遅きに失したとみている。

 「水俣病」。私が物心ついた頃、患者の方や猫の映像は今でも頭に残っている。そして、有機水銀に犯された変形した魚が異様に不気味だった。まだ、子供だった私は、「何でこんな変形した魚を人間が食べてしまうのだろう?」「あんな魚を食べるのがおかしいのでは?」などと、思っていた。

 しかし、大学1年の時、偶然、履修した日本史の先生が水俣病関連の本を書かれている方で、「水俣病」というものの病気並びにその背景についてを知るにつけ、暗澹たる気分に陥った。汗顔の至りだった。「港町にいながら、人間があんな魚を食べるわけないじゃないか!」。変形した魚、猫の異常な行動、それに手足のしびれた満足に動くことが出来ない患者さんがセットになって報道されていたから、それが頭の中で結びついてしまったのだ。本当に申し訳ない。

 国が、優良企業だった日本窒素を庇うような基準を作り、そのために認定患者が切り捨てられた。そのために認定されない方の多くは何の救済も受けられずに亡くなっていった。ただ、ご遺族の意思の強さが今回の判決を導いたと言ってもいいだろう。ほぼ半世紀に渡る闘いは想像するに余りある。素直に「お疲れさまでした」と、そして、亡くなられた方のご冥福をお祈りしたい。

 そして、私が将来懸念するのは、この公害の構図が、福島第一原発事故の構図と似たような気がしてならないことだ。今でさえ、子供に甲状腺異常がでたといっても原発由来ではないといい、国はチェルノブイリ事故で避難地域となった4倍の放射線量でも平気という、基準を作った。

 似てないだろうか?問題が発生して大騒ぎするのは、私が天寿を全うしてからかもしれないけれど、今日と同じような場面にならないだろうか。私の妄想であることを願う。

2013年4月15日 (月)

「被災家屋解体進まず 南相馬再編16日で1年 放置車両多数、農地再生や水道復旧途上」(福島民報)の記事を読んで思うこと

 今、ニュースを踊っているのは、北朝鮮のミサイル問題、中国でのH7N9型の鳥インフルエンザ、TPP、アベノミクス、それに今日は東京ディズニーランド30周年、俳優三國連太郎氏の訃報が加わった。

 昨日は淡路島で大きな地震に見舞われたけれど、すでに東日本大震災復興関連のニュースは片隅に追いやられている。当然なのかもしれないが、福島民報の記事を読むと身に詰まされる。http://bit.ly/YU7zJ9

 もちろん、自分が行った南相馬市だから思い入れも強いのだが、やはり復興への道のりが険しいことがよく分かる。そういう私自身、小高区に入れるようになったら、またボランティアに行こうなんて思っていたのに、生活するのが精一杯で、とても現地に向かうことができない。せめて、どれくらい回復したのか自分の目で見てみたいけれど、それすらできない。何とも歯痒い思いをしている。

 南相馬市でこの有様だから、原発から半径20㎞圏と言われる地域は、このままだと、どんどん風化していって広大な原野になってしまうような気がしてならない。そして、数十年後には、核廃棄物の永久保管場所としか機能しなくなって、渋々、地元の人達が受け入れるのかもしれない。

 地元の方には大変申し訳ない妄想をしてしまったけれど、放射能が完全に除去できる技術が開発されない限り、私には明るい未来が見えてこない。本当に罪深い事故だ。

2013年4月13日 (土)

第2回 将棋電王戦第4局を観て思うこと。

 今日の対局者、塚田九段の涙にもらい泣きしてしまった。もう、途中は解説者が「タオルを投げたい」などと言うくらい劣勢だった。素人目に見ても、駒は取られまくり、コンピュータの形勢判断でも絶望的な数値まで刻んでいた。それを、持将棋(引き分け)まで持ち込んだのだ。「負けない!」という人間の執念を観たような気がして、とても感動した。

 それと同時に、コンピュータの弱点も露呈する結果となったのは、人間側にとっても勝機を見出すことに繋がるだろうし、ソフト開発者側も改良の余地が十分伺える歴史的な対局になった。

 それにしても、こういう企画は面白い。前回の感想でも書いたが、私は将棋の駒は動かせる程度で、形勢判断なんて全くできない。しかし、対局者の表情、解説者と受け手のやり取り、コンピュータによる一手毎の形勢判断、画面に流れる観ている人からの感想(弾幕)が、長時間に及ぶ対局を盛り上げる。既存のテレビでは絶対に出来ないからだ。

 いよいよ来週は最終局。今度は700台ものコンピュータを繋げたソフトと、将棋界で10名しかいないA級棋士との闘いになる。今日の引き分けによって、コンピュータの負けはなくなったが、人間側の意地もある。果たして、どんな戦いになるのか?今から楽しみで仕方ない。

 

2013年4月12日 (金)

まるで村上春樹狂騒曲を奏でるメディア

 今日、村上春樹氏の書き下ろし小説が3年ぶりに出版された。タイトルが変わっているとか、内容が全く分からないのに50万部予約が入っているとか、発売日以前から話題になっていた。そして発売日の今日は、朝から各メディアとも上へ下への大騒ぎ。もう狂っているとしか言いようがない。

 私は村上氏の小説に文句を言うつもりは全くない。人をここまで惹きつけるのだから素晴らしい作家であることは間違いない。ただ、このメディアの取り上げ方が異様で気持ち悪いのだ。

 確かに村上氏は人気作家で、毎年のようにノーベル文学賞候補だと言われている。出版不況にあえぐ業界にとっては救世主的な存在なのかもしれない。これだけメディアで取り上げれば、普段、小説を買って読まない人だって興味が湧くだろう。もちろん、そうしたことがきっかけで本を読む人が増えることを否定しない。

 だけど、こんな取り上げ方をされる作家は村上氏ぐらいなものというのが引っ掛かる。結局は、「皆、勝ち馬に乗ろうぜ!」ということではないのか。自虐思考のある私には「読まない人は遅れてる?バカ?」などという妄想が浮かんでしまう(笑)。

 私には、こうやってメディアが馬鹿騒ぎすることが、村上氏をノーベル賞から遠ざけているような気がして仕方ない。御本人は、この騒ぎをどう思われているのだろうか?ちなみに、村上氏が今日久しぶりに書き込んだツイートは下記のとおり。

 

 

2013年4月10日 (水)

昨夜(4月9日)、NHKドキュメンタリー「21頭の犬たち ふるさとへの旅」は涙なくしては観れなかった。

 昨夜(平成25年4月9日)、NHKのドキュメンタリー「21頭の犬たち、ふるさとへの旅」を観た。

 内容は「原発事故の影響で、家族と一緒に暮らせなくなった福島県飯舘村の犬たち。岐阜県にあるNPOでは、そうした犬を無償で預かっている。3月10日、飯舘村の犬21頭が一時的に里帰りし、家族と再会した。家族に会うために800kmの道のりを車に揺られて同村に向かった犬たち。愛犬との再会を心待ちにしていた家族。つかのまの再会を喜ぶ犬と、その家族の姿を通して、震災から2年になる被災地・飯舘村の今を見つめる。」

 避難所や避難先のアパート等では飼えなくなった犬たち、2年間、離れ離れになっても犬たちは飼い主のことや家のこと、散歩した道を覚えていた。滞在時間は僅か3時間。飼い主に連れられて、ふるさとの地を散歩する姿は、もう切なくて涙なくしては観られなかった。

 いい歳したおっさんがこんなものを観て嗚咽を漏らすくらい泣いたのを笑うなら笑え!NHKは会社的には原発推進なのだろうが、NHKの偉いさん達、政治家、官僚、大メディアの連中、経団連の偉いさん達、このドキュメンタリーを観て、平然と原発再稼働と言えるのか?自分達さえ儲かればそれで良いのか?このドキュメンタリーを観て、私はそうした原発推進の連中に憤りを覚えた。

 私はボランティアで南相馬に行った際、飯舘村も通ったので、余計感情的になるのかもしれないけれど、少なくとも村の建物自体はほとんど壊れておらず、放射能汚染さえなければ十分生活可能だった。それなのに、人々からその生活を奪い、こうしてペット達とも離れ離れにさせたのは誰のせいだ。

 直接的にはこんな地震大国に原発を建てた国及び東電にあるのだろうが、間接的には、経済の為と、連中の言われるがままに容認してきた私達一般庶民にも責任はあるのだ。映像を観ながら謝っていた。

 しかし、この地に3時間だけでも生きて飼い主に再開できた21頭の犬たちは、まだ幸せだ。既に多くの犬猫が死に、牛などの家畜は殺処分された。今でさえ、大熊町や双葉町などの警戒区域には多くの路頭に迷う犬や猫達、牛などの家畜もいる。政治家や官僚は自分達が実際に手を下さないから、平気で殺処分命令などを出せる。殺すならお前たちがその手でやれ!

 そもそも復興予算をジャブジャブといい加減に使うくらいなら、こうしたペット達を800㎞も離れた地ではなく、仙台や新潟、あるいは郡山や福島でもいい、被災者が暮らしているそばに施設を造ってあげることはできないのだろうか?そうすれば、週末だけでも会いに行けるではないか?

 この国は新自由主義(自分達さえ良ければそれでいい)が蔓延してから、思いやりに欠ける国になってしまった。今の政府やメディアは狂っているから現時点で裁くことは出来ないかもしれないが、あと数十年もすれば、歴史が連中を断罪するだろう。見捨てられた動物たちが成仏するためにも、そうあって欲しい。

 

2013年4月 9日 (火)

「財務省に聞いた「二千円札」の今後」の記事を読んで思うこと。

 一週間前、集金の際、お客さんから「すみません、二千円札が一枚入ってしまって。」と言われて、二千円札を久しぶりに手に取った。会社に持ち帰っても、一同、「わぁー、珍しい、久しぶり…」と、まるで外国紙幣でも見たかのような反応だった。

 そんな経験があった矢先、この記事を読んだ。正直言って、財務省の見解に笑ってしまう。『「国民の利用する銀行券の券種は、個々の購買活動を踏まえた選択次第であり、二千円札が利用されない原因を特定することは困難」と、首をひねる。』

 こんなの単に「使いにくいから」に他ならない。庶民レベルではみんなそう思っている。財務省のお役人がこういう回答をしたのは、我々庶民レベルの感覚は分からないからか、あるいは、責任逃れだろう。もっとも、このお札を推進したのは、故小渕首相だったような気がするので、お役人としても、本音ではいい迷惑だと思っているのかもしれない。

 全くもって税金の無駄遣い。このお札に関わる費用はどれだけ掛ったのか?少なくともすう百億円レベルはいってるだろう。そして、今眠っているお金の保管費用は毎年かかる。こういうことも国会の予算委員会でちゃんと質問してるのだろうか?とにかく政府や役人は、国民から徴収した税金は自分達の財布という感覚なんだろう。

 せめて、流通する政策を打つべきではないのか?

 

2013年4月 8日 (月)

原発事故処理、いつまで東電任せにしておくんだろう?

 もう皆、麻痺している。さすがに原発事故のことを忘れた人はいないと思うけれど、未だ1日に24億ベクレルの放射能漏れがあり、汚染水も増え続けているということを。目に見えないし直ちに健康異常になっていないからだろう。

 しかし、断片的に流れてくる情報は、原発事故前だったら政権が吹っ飛んでもおかしくないくらい酷いものだ。もっとも、民主党政権は吹っ飛んでしまったが。。

 私が憤りを覚えるのは、震災は1000年に一度と言い、原発のメルトダウンに至っては何万年に一度みたいなことを言っておきながら、震災復興も原発事故処理も平時の法律で対処していることにある。この事故は形を変えた戦争のようなものではないか?

 唯一平時の法律で対処してないのは東電に対するものだ。本来なら業務上過失○○で捜査当局が入り、責任者が裁判を受けていてもおかしくない。しかし、今の状況は完全に治外法権なのだ。それに対して、大手メディアもなにも追及しない。

 このままで良いのか?心配なのは廃炉に向けた作業員の確保だ。事故前と同様な多重下請け構造で低賃金、予算は東電任せ、金が無くなれば税金投入…、こんな状況で福島原発の廃炉作業に精を出したいなんていう人達が、新たに出てくるわけがない。少なくとも、自分なら行かない。

 妄想として浮かんでくるのは、TPPで日本人の雇用が壊滅し、仕方なく原発作業員として収入確保を余儀なくされる事態だ。形を変えた徴兵制みたいなものだ。

 最低限、福島原発で働く作業員は準公務員扱いにして生活を保障すべきだろう?そして、原発を推進してきた自民党が政権を取ったのだから、自分達が主体となって事故収束を行うのは当然なのではないか?交通事故を起こした張本人が事故の処理や補償を主導するなんてあり得ないじゃないか。もう、いい加減にして欲しい。

2013年4月 6日 (土)

将棋の第2回電王戦第3局を観て思うこと。

 先々週の土曜日に始まった、”コンピュータ対人間”、将棋の電王戦は第3局もプロ棋士が敗れ、これでコンピュータの2勝1敗となった。私は囲碁なら多少なりとも分かるが、将棋となると、駒の動かし方ぐらいしか分からないので、これまでの2局は観なかった。それにニコニコ動画のプレミアム会員ではないため、おそらく途中で弾かれてしまうのではないかと思っていたのだ。

 しかし、先週、プロ棋士が公の対局で初めて敗れことを知って、今回は終盤だけでも観ることにしたのだ。大熱戦だった。解説やコンピュータによる形勢判断では、プロ側有利の局面もあったが、結局は敗れてしまった。

 数年前、チェスの世界王者がコンピュータに敗れたが、将棋もついに人間を凌駕しそうな勢いである。最大の違いは、”コンピュータは疲れない”ということに尽きるのかもしれない。終盤で秒読みに追い込まれれば、さすがに人間が読む手数は限られてしまう。投了した時の船江5段の落胆した表情は疲労困憊といった感じだった。

 おそらく、もっとコンピュータの性能が向上していけば、将棋では人間が勝てなくなる日が近づきつつあるような気がしてきた。そして古典的な対戦ゲームでは最後の砦とされる囲碁も、コンピュータはかなり強くなってきて、最強のものはアマ6段ぐらいの棋力があるという。何となくだが寂しい思いがして仕方ない。

2013年4月 5日 (金)

【2013年4月5日】富士霊園の桜。スライドショー付。

 今日は晴れたので、富士霊園の桜を見に行ってきました。

土日だと、国道246号線まで渋滞するくらい、桜の名所になってます。

2013年4月 4日 (木)

【福島原発周辺で「動植物異常」相次ぐ】(東洋経済オンライン)の記事を読んで思うこと

 不安を煽るな!ということか?本来なら、メディアはこの話題で上へ下への大騒ぎをしても良いのに、あまり大きく取り上げられていないような気がする。こういうことをみても、今の状況は戦時下に思えて仕方ない。【福島原発周辺で「動植物異常」相次ぐ】(東洋経済オンライン)http://bit.ly/16uZGvl 

 つい最近まで大きく取り上げられていたのは、中国の大気汚染、今年の流行語にもなりそうなPM2.5だった。果たしてもう飛んでこないのか、4月に入ってからはあまり聞かなくなった。

 そして、4月に入ってからは、中国で死亡例が4名も出ている鳥インフルエンザ(H7N9)の話題が増えてきた。外務省は渡航注意勧告のようなものを出し、空港に張り出されるポスターは、どこの社もこぞって報道していた。

 どちらも、健康に害を与えることは間違いなく、我々日本人にとっては重要な問題だ。嫌中感情を煽ることなく、冷静にしかも多角的に報道して欲しい。

 その一方、原発推進政党である自民党が政権をとったからか、福島第一原発事故由来に関する報道は、あまりにも少なくなった。自民党の広告関連の大半は電通だというから、おそらくメディアは出稿料の減少を恐れているのかもしれない。しかし、報道が金によって左右されるようなことになれば、それは自らの使命を断ったことに他ならない。そんなことにメディアの幹部連中は気がついていないのか?

 戦争の場合は、焼夷弾を投下されたり、原爆を投下されたりすれば、我々庶民でも「これはおかしい?」と感じることは出来た。でも、放射能は見えないし匂いもしない。まして、低線量被曝の場合は、どこかの誰かさんが言ったように「直ちに影響はない」のだ。

 残念ながら、この問題は国や大手メディアに頼るのではなく、放射能に関して危険だと思う人が自ら情報を収集し行動していくよりほかにないのかもしれない。

 

 

 

 

2013年4月 3日 (水)

今日のテレフォン人生相談を聴いて―今日の相談内容は、私が自己嫌悪から脱出できるヒントかもしれない。

 毎日のようにニッポン放送「テレフォン人生相談」を聴いているが、今日の相談並びにその回答は、私自身が抱える問題解決のヒントになるかもしれない。

 相談者は40歳のお母さん。礼儀正しい言葉づかいで、とても賢明な感じがする。性格が悲観的で、人付き合いも上手く出来ず自己嫌悪に陥り、そのことが原因で子供に対しても、悪いとは思いながら、怒鳴るように辛く当たってしまう。どうしたら・・・。

 回答者は三石由起子さん。アドバイスとしては、子供に対して怒鳴らないようにするというのは難しいので、”子供を1日最低10回は褒めるようにしよう。また、自己嫌悪に関しては、たまにはご主人に褒めてもらうようにしよう。”パーソナリティの今井通子さんは、”自分で自分を褒めてみましょう。”なかなか素敵なアドバイスだと感心した。

 私は”よく自己嫌悪に陥る”という点では、今日の相談者に似ていると思った。これまで50年近く生きてきて、それなりに辛い経験があったからなのかもしれない。物事が比較的順調に進んでいても、すぐに「好事魔多し」という言葉が浮かんで身構えてしまう。また、起こるかどうか分からないことに関しても、悲観的に捉えて不安感が拭えないことがある。冷静に考えれば、起こった時に考えれば済む話なのだ。

 数年前、「病気レベルではない」と医師から言われたが、私は躁鬱の波が比較的長く大きい。今は完全にマイナスレベル。ちょっとしたことでも、すぐ悲観的になり自己嫌悪に陥り自信喪失に繋がる。やれば出来るんだから。。何とか立ち直ろうと、いつも考えている。でも、出来ない。

 だけど、今日のテレフォン人生相談を聴いて、ハッと閃いた。「そうだ、自分の悪いところを直す」という考え方ではなくて、「今日の自分はどこが良かったのか?」、そして、それに対して、自分自身で褒めてみようと。

 単に自惚れに繋がる恐れはあるけれど、誰かに自慢話をするわけでもないのだから、他人に迷惑をかけることもないだろう。少しでも気が楽になれて、前向きな考え方ができればそれでいい。些細なことでいい、しばらく間、自分を褒めるようにしてみよう。

2013年4月 2日 (火)

何事につけても、メディアの論調が一定方向に流されているのは気持ち悪い。

 今朝、車の中でラジオを聴く。文化放送、静岡放送、コミュニティFMとザッピング。どこも第一声は長嶋、松井両氏の国民栄誉賞受賞を称える。もうべた褒め。コミュニティFMのパーソナリティだけが、松井氏の受賞や国民栄誉賞の在り方について疑問点を語っていた。

 テレビは殆ど観ないので、どう伝えたか分からないが、おそらく新聞紙面の良いとこ取りをして、コメンテーターがああだこうだ褒めちぎっていたと想像できる。どこか1社でも、批判的に報道したメディアがあったのだろうか。私は、皆が皆、同じような思想に流れていくことは、怖いと思う。そういったことが、あの悲惨な戦争を生み出した空気の正体だからだ。

 東日本大震災以降、如実にその傾向は現れている。そして、昨年末の政権交代以降、鳥肌が立つほど酷い状況だ。その象徴がアベノミクス。6年前、あれだけこき下ろして第一次安倍内閣を退陣させてたメディアが、今は天地がひっくり返ったと思えるくらい、ヨイショしている。フジTV報道2001の世論調査なんて、内閣支持率75%だ。個人的には異様に感じてしまう。

 たった3ヵ月で何が変わりました?メディアが一生懸命、円安株高で好景気を煽っているだけじゃないですか?実態はどうですか?4月からいろいろ公共料金等は値上がりしましたよ。それに対して、皆さんの所得は増えたのですか?ムードに流されていませんか?

 おそらく戦前、こんなことを公に書いていたら、当局に捕まったことだろう。でも、知らないうちに、いや、ちゃんと報道されないうちに、官僚や一部の政治家たちが着々と国民をコントロールする仕組みを作りつつある。マイナンバー制度、秘密保全法、最終的には改憲によって基本的人権が制限されること・・・。これが私の妄想で済むことを願う。

2013年4月 1日 (月)

長嶋氏と松井氏が国民栄誉賞を受賞することについて思うこと。

 スマートフォンにYAHOOニュースのアプリを入れていて、重大ニュースの速報が入るとチャイムが鳴るのだが、それが「長嶋・松井氏が国民栄誉賞」だった。一瞬、「何でこの時期に?どういう訳で?」と疑問が湧いた。2ちゃんねるやTwitterでは、長嶋さんは分かるけれど、何故、同じ日に松井氏が…という意見が多数だった。実は私もそう思う一人だ。

 確かに、国民栄誉賞の目的は「広く国民に敬愛され、社会に明るい希望を与えることに顕著な業績があったものについて、その栄誉を讃えること」だから、両名とも合致していないとは言えない。

 しかしながら、長嶋さんと松井さんを同列にしていいのか?という疑問が残る。一応、首相の一存だけでは決められず、民間有識者に聞いて決めるということなのではあるが、どうしても引っ掛かる。

 長嶋さんは、私の親父の世代70代後半から60代の方々にとっては、まさにスーパースターだ。成績自体は突出したものではないかもしれないけれど、チャンス強さ、天性の明るさ等々、プロ野球を不動の地位に押し上げた稀有な存在と言っても過言ではない。選ばれるのが遅いくらいだ。

 でも、松井さんの場合はどうか。成績及び人気は絶大なものがあったのは間違いない。ニューヨークヤンキース時代もワールドシリーズでMVPにも輝いた。確かに素晴らしい。ただ、WBC(個人的にはどうでも良くなっているが)は辞退したし、MLBに行ってからの通算成績も突出すべきとは言えないのではないか。その意味では、「国民栄誉」という崇高なレベルまでは行っていないような気がするのだ。

 松井さんは素晴らしい選手だったと思う。だけど、こんな形で国民栄誉賞を受賞して欲しくはなかった。現役は昨年引退してしまったが、今現在、凋落傾向にあるプロ野球を再興させるような活動をしてから受賞して欲しかった。何か腑に落ちない残念な気持ちだ。

 

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