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2013年9月24日 (火)

「核のごみ満杯へ 打つ手なし 再処理技術や処分場も未定」(東京新聞)の記事を読んで思うこと

 311以降、原発の問題は安全性よりも核廃棄物を如何に処理していくのかが不透明なことだと知り、このブログでもその感想を書いてきた。ようやくと言うべきか、東京新聞が明快に述べてくれた。http://bit.ly/1fvOIvb 核廃棄物の行き場がない以上、原発再稼働なんてあり得ない。というか出来ない。

 もはや素人目に見ても、核燃料サイクルなどは机上の空論と化した。高速増殖炉もんじゅはナトリウム漏れだけではなく、杜撰な管理体制が明らかになった。そして、六ヶ所村の再処理工場もいつ稼働できるか分からない。どうするのだ?経済産業大臣、明確に答えて欲しい。

 日本学術会議ですら、日本国内で核廃棄物を何万年もに渡って埋めておくことが出来るかどうか分からない、ということを公表しているではないか?これをどう覆す。どんなに御用学者が頑張っても、この事実は変えられまい。

 ただ、こうした報道はテレビではほとんど取り扱われない。やってもニュースの中で数十秒程度流されるだけだ。本来、民放ならワイドショーの時間を使って大々的に報道すれば良いのに、視聴率を気にしてか?やらない。NHKは政府のお墨付きがなければ、やらない。自分から情報を取りに行く人は少ないから、世間の話題にすらならない。今日なんてTBSドラマ”半沢直樹”の視聴率で持ちきりだ。

 「これでいいのだ!」 多くの人達がバカボンのパパになってしまったのか?そう考えると、ネガティブな自分は悲しくて仕方ない。

 

 

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