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2013年10月26日 (土)

「みの会見『責任は父である私にあります』」(日刊スポーツ)の記事を読んで思うこと

 私はみのもんた氏が大嫌いだが、何で30歳も過ぎた息子の不祥事を自分の責任にするのかよく分からない。こういう風潮はそろそろ止めた方が良いのではないか?もっとも、みの氏が報道番組で犯罪者やその親族に対して、鬼の首取ったように発言していたのだから、今、その矛先が自分に向いてしまったことは自業自得とも言える。

 しかし、こういうことが続くと、何もかもが親族で責任を取らなければ済まないような雰囲気になってこないだろうか?今度、生活保護法が改正されるようだが、生活困窮者の面倒は親族がみろというばかりの内容になっている。自分の家族はコントロールできても、親戚の家族まで面倒見切れるほど、経済的余裕のある家庭なんてどれくらいあるのか分からない。

 少し話が逸れてしまったが、事件を起こしたとされるみの氏の次男は親族ではあるけれど、立派に家庭を持っている別世帯ではないか?みの氏が次男の行動に責任が持てるわけがない。それなのに生んだ親に責任なんて、絶対におかしい。まるで高校野球における連帯責任を彷彿とさせる。

 だが、それでもみの氏や次男家族は路頭に迷うことはない。みの氏は水道メーター会社の経営者であるから、日テレを辞めた次男だって、この会社に入るか、あるいは、マスコミの末端で働くことも可能だろう。勝ち組にいた人は、簡単に負け組には転落しないのだ。

 今回のことは、正直言って「自業自得だ、ザマぁ見ろ!」という気持ちもあるし、逆に「親がいつまで子供の責任を取らなければいけないんだ!」と擁護したくなる気持ちもあるし、はたまた、これはみの氏を貶めるための陰謀のような気もするという、私には何とも複雑でスッキリしない事件になってしまった。

 

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