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2015年2月

2015年2月28日 (土)

川崎・中一殺害事件について思うこと。

 今月20日に川崎市の多摩川河川敷で中学一年生の遺体が発見された事件があった。まるでISILが行った処刑のような残酷な犯行の状況が報道されるにつれて、多くの人が犯人への憎悪を募らせたと思う。国会の予算委員会でも首相が答弁していたくらいだ。そして昨日、被害者とは知り合いで年上の少年3名が殺人容疑で逮捕された。(勿論、推定無罪の原則があり裁判が終らなければ断定することは出来ないが、出てくる情報を知る限り、間違いはないだろう)

 ネット上では翌日ぐらいから、犯人と思われる情報が実名、顔写真と共に流れていたが、結局、その情報通りの少年たちだったようだ。今日、メディアが少年法に則って実名や顔写真を伏せても、SNSで個人がネット上に情報を発信できる今では、そうしたプライバシーを守ることはできない。逮捕された昨日は容疑者宅を実況中継していた中学生もいた。どんな残酷なことをしても、少年法によって守られることに対する憤りなのかもしれない。

 それは、こうした少年による残虐な事件は、今回が初めてではないからだ。足立区の事件、栃木の事件、山口の事件等々、いくつも思い出される。被害者のプライバシーは執拗に報道されるのに対して、単に未成年というだけで罪が軽減されることは不条理としか言いようがない。自民党の要職にある方も少年法の改正を言い出した。

 匿名で言いたいことが言える2chをはじめ、ネット上では容疑者だけではなく、その家族や弁護士に対して罵詈雑言の荒らしになっている。理性のタガが外れた人間の心情が表れている。ネット社会にあっては止めることはできない。

 この問題に関しては、自分自身で回答を出せず葛藤している。例えば、少年法を改正して現行の20歳未満から16歳未満にしたらどうだろうかと。でも、それが犯罪抑止力になるのか?この国には死刑制度があるのに、それに該当する事件の犯罪は止まらない。情報が発達した今では、昔より増えているような気もする。

 しかし、これだけ無残な仕打ちをされたのに犯人は寿命を全うできるのか?しかも、20歳以下なら、更生という名のもとに、最長でも10年ぐらいで自由の身になってしまう可能性があるのだ。被害者家族の身になって考えると、それは許し難いことなのではないだろうか?私がそういう立場に立ったなら、死刑を覚悟しても仕返してしまうかもしれない。

 今、出来ることといえば、今回の被害者のようにSOS発信をしている弱者に対して、いきなり警察が動けなくても、その前段階で弱者の訴えを聞いて解決に導く救済措置を講じる仕組みを作ることだ。頭の悪い私にはそれぐらいしか思いつかなくて情けない。

 私と同じように無念に感じる方々が多いからか、犯行現場の河川敷には花束等が添えられている。被害少年のプライバシーを知るにつけて憤りと共に無念さを痛切に感じるのだ。ご冥福をお祈りしたい。

 

 

2015年2月26日 (木)

超高度放射能汚染水が流出していながら1年以上隠ぺいしていた件について思うこと。

 もう一昨日になるのか、東電は福島第一原発2号機から超高濃度放射能汚染水が海に流出していたことを公表した。しかも1年以上前から認識しているにもかかわらず、隠ぺいしていた。その上、この件は原子力規制委員会には報告していたが、原子力規制委員会も公表しなかった。目に見えないことは伝えないし、無いことにしてしまおうという魂胆が透けて見える。

 もともと、この原子力村の方々にモラルを求めても無駄だ。東電や東電に融資している銀行等は、とにかく会社が潰れなければそれでいい。国も全く同じ思想。民主党政権でも自民党政権でも何ら変わらない。とにかく国民に騒がれたら大変だから、メディアコントロールもしている。これはかつて公害問題が起こった時と同じ。もっと遡れば、戦前から戦時中と似ている。

 この国の首相は1年半前、IOCの総会で福島第一原発事故は「アンダーコントロール」などといい、国が主体になって汚染水問題は解決するなんてほざいていた。しかし、国が表立って対策を打っている様子は微塵も感じられず、相変わらず東電に丸投げで、今回のように問題視されても、何とかの一つ覚えのように「アンダーコントロール」なんて言っている。

 本来なら、こうした国や東電の姿勢に対して、メディアスクラムを組んで徹底的に報道すべきメディアが、相変わらず、政府を擁護する。酷いメディアは批判するものをテロリスト呼ばわりする。

 悲しいかな、こんな大問題も国民の多くは知らないし知ろうともしない。こんなことを書いている自分も行く先々は非国民扱いかテロリスト扱いされるのか?幸い私には妻子はなく年老いた両親しかいない。寿命の尽きるまで、この国がどんなことになっていくか見ていこう。

2015年2月24日 (火)

新東名、新清水ICと新清水JCTが間違えやすい。

 一昨日、親せき関係の新年会が三保の松原近くにある旅館で開かれるというので私の両親と叔母夫婦が同乗して向かうことになった。新東名を通ったことがないというので、この機会に使ってみればという話になった。

 私自身は新東名を何度も使っているから、親父には注意することとして、行く3日前から、「新東名には新清水ICと新清水JCTがあって、清水市街に降りるには新清水JCTで東名方面に行って、東名清水ICで降りるんだよ。サービスエリア手前で降りてはだめだよ。初めて行く人は間違えやすいから・・・」と口を酸っぱくなるくらいレクチャーしていた。それにもかかわらず、叔母の一言で降りてしまったらしい。私の言うことより叔母の意見を採用した親父にはガッカリだw。

 私も開通当時、最初に通った時には間違えそうになったし、私の知人も実際に間違えた。どちらも”新清水”ってつくから紛らわしい。個人的には、あんな山の中なのに”新清水IC”という名前を付けたのが悪いという気がしていしまう。たぶん、同じような間違いをした人も多いと思う。苦情はないのかな。もっとも、ちゃんと地図等で確認すれば間違いようがないのだが、案内表示板も紛らわしい。

 個人的には”興津IC”という名前にでもしておけば、こんな間違いをする人はもっと減っていただろうなんて思うのだが、まあ、いろいろな横槍があったのだろう。いずれにしろ”新清水”が2箇所あるのは腑に落ちない。初めて行かれる方はご注意を。

2015年2月21日 (土)

悲しいかな、「日本の品格」は失われつつある。

 「国家の品格」(藤原雅彦・著)は十年前ベストセラーになった。当時、市場原理主義に浮かれていた私自身にも衝撃を与えた本だった。日本は「普通の国」になってはいけない、「孤高の国」になるべきだと、説いていた。何より、日本人が培ってきた「国柄」を壊してはいけないと。

 しかし、もはやこの国は高貴と言われた「国柄」は失われ、勝った者がすべてを牛耳り、そのおこぼれを庶民は享受しろという社会に変わってしまった。国民がいかに疲弊しようとも、海外を回っては、”それ国際貢献”とばかり、まるで税金を自分の金のように振る舞う現首相の姿には辟易とする。それでいて、国会で批判されば逆上するだけでなく、質問者に対してもヤジを言う。下品極まりない。

 マスメディアのほとんどが、この悪行に対して批判しない。完全に現政権下の僕である。いまだに先日の下品な「日教組」ヤジは報道されない。少し前なら、もうこれだけで問責や不審に問われても仕方ないのに、現政権を批判することは「テロ容認」などというレッテルを張ろうとするメディアすらある。こうして世論は一方的なものに偏っていく。悲しいかな、あの高貴な「国柄」をもとに戻すことは難しい。

 今朝、茅ケ崎市で4人が死傷する交通事故があった。車が真っ二つになるほど、スピードを出していた。乗っていたのは高校生6人で、なおかつ、飲酒していた疑いがあるという。しかも、そのうち2人は救護や通報すらせずにその場を立ち去り家に帰ったという。こういう無慈悲なことが出来るのは一部の人間だけだろうけれど、救いようのない気持ちが席巻する。死傷された方々を非難するわけではなく、言葉は悪いが自損事故であったことが、この程度の被害でおさまったのかもしれない。

 話はそれてしまったが、この殺伐とした空気感は何とかならないものだろうか?だんだん悪い方向へ進んでいる気がしてならない。

2015年2月20日 (金)

【素人目線】第39期棋聖戦第4局をみて思うこと。

 昨日、今日、愛知県犬山市で行われた第39期棋聖戦第5局は、カド番に追い込まれた黒番山下敬吾九段の2目半勝ちとなった。

 勝敗のポイントは何だったのか?素人ながらに考えた。封じ手で中央の白4子が取られ、右上隅から左辺、中央にかけて大きな地模様が形成された。白は116手目から、その地を削りに行くものの、黒が上手くかわした。そこで中央の黒石を攻めに行くものの予想以上に大きく取ることは出来ず、尚且つ、黒が左辺に先着出来た。この辺りで形勢は黒有利になったのではないかと思う。

 そこで勝負手なのか?白は150手目に左辺の黒にツケた。しかし、黒はこれもかわす。私のような素人ならいざ知らず、トッププロは小ヨセに入れば、滅多なことでは間違わない。それでも盤面9目しか差がないのだから恐れ入る。今局は取ったり取られたりというような碁ではなく勢力の張り合いのような碁だったが、相手の要求を巧みにかわし、山下九段が勝機を得たような気がする。

 これで山下九段は1勝を返したが、今局をキッカケに流れを変えられるかどうか?来週の第5局も楽しみだ。

2015年2月18日 (水)

現NHKの会長の下で働く職員に悲哀を感じる

 NHKの籾井会長、またしても、政権寄りの発言で批判されている。まあ、ある意味、この方が素直な方なのだろう。そうでなければ「政権のスタンス…」云々とは語れない。首相親派だから、余計なことまで勘ぐってしまう。そもそもメディアは権力の監視機関の役目があるはずなのに、それすら忘れている。保守派の方々が揶揄する朝鮮中央通信とどこが違うのか?

 最近はNHKのニュースを観ていると、アナウンサーに悲哀を感じてしまう。嘘は放送していないと思うが、政治的なニュースは出来るだけ断定せず、オブラートに包まれているような感じがしてしまう。逆らったら干されてしまうのは目に見えているし、特権階級を失いたくないのだろう。

 民放は広告代理店の意向を無視するわけにもいかず、NHKもこういう会長がトップにいるのでは、政府に対して「おかしいことをおかしい」と言える状況にはないだろう。まるで戦前のようだ。しかし、そんな中でも頑張っているメディアはある。そういうところを応援していこう。

2015年2月17日 (火)

まるで水と油、原発問題。

 今日、文化放送「吉田照美 飛べサルバドール」のゲストに○○氏が出演した。彼は淡々と原発推進の意見を述べたが、その思いはさておき、核廃棄物処理に関しては、将来、技術的に解決するから大丈夫のようなことを述べていた。日本の最高峰とも呼べる学術会議でさえ、その処理については明確な回答を出せないのに、真っ当な回答が出来るはずがない。情緒論で乗り切っていた。

 原発推進派の根底にあるのは経済であり、原発廃止派の根底は人の命だ。もう、この対決は水と油であって、おそらく交わることはないだろう。鶏が先か、卵が先かのような問題になっている。○○氏は40年前のオイルショックでの混乱やホルムズ海峡が閉鎖によるエネルギー枯渇、地球温暖化の観点からも原発が必要だと語っていた。そして、代替エネルギーの可能性には否定的な意見を述べていた。一理あるとは思う。

 でも、放射能を生み出さない原発が存在するのか?ヒューマンエラーの可能性はないのか?人間の作ったものに100%の安全なんてありえないのに、原発はそれを要求する。その結果が福島第一原発の事故ではないのか?4年経っても、汚染水はダダ漏れの状況であって、もはや、これを止める手段すらない。政府批判できないメディアは、こうしたことを大々的に問題視しない。この風潮は戦時中と似ていないだろうか?

 結局は、「自分さえよければそれでいい」という新自由主義が全ての元凶だ。今の国会論戦を知れば、富めるものが庶民から巻き上げる様相が手に取るようにわかる。B層が多いこの国ではテレビで報道されないこと、政府批判はいけないことだと洗脳されてしまっているかのようだ。戦争へのハードルがどんどん下がっていることに気づかないのか?

 確かに戦後の高度経済成長期に原発は必要だったのかもしれない。しかし、4年前の福島第一原発事故で私自身は目が覚めた。もう、原発に頼らない社会を作るべきだと。自分たちの出した排泄物処理を何万年も先の人達に任せていいのか?個人的には人の道に外れていると思う。

 

2015年2月16日 (月)

従来とは形を変えた第三次世界大戦が進行しているような気がしてならない。。

 今日、エジプト軍がリビアにあるISILの拠点に空爆を行ったと公表した。エジプト人21名殺害に対する報復措置らしい。かつて世界の火薬庫と言われた中東は、シリアを中心に戦争状態ではないか?それに距離的にも遠い感じがしないウクライナも停戦には至ったがいつ火が吹くかわからない。

 簡単に空爆というけれど、その地域に生活している人々にとっては空襲であり、おそらく罪のない人々がなくなっている。メディアがよく空爆している映像を出すけれど、建物を爆破しているだけ。まるでレントゲン写真のようで、実際に起こっている悲劇は映せない。ゲームみたいで実感が湧かない。

 今、起こっているのは国対国といった従来型の戦争ではない。国とは言えない、誰が首謀者さえ分からない、ある意味、烏合の衆との争いになっている。しかも、彼らは自身の命なんてどうでもいい。捨て身の戦いだ。どれくらい兵士がいるか分からないが、潜在的な兵士はかなりいるのだろう。何せ世界各国から集まっているのだ。

 私が危惧するのは、この状況を利用して、日本を着々と戦争可能な国にしようとしている現政権とメディアだ。B層が多い日本ではTV報道が大多数の世論を作り出す。政府批判するものはメディアからパージされる。選挙に行かない人が半数もいる。政治的関心がなければ、現政権のやりたい放題は続く。

 かつてのように赤紙は来ないかもしれないが、経済的に苦しい人達は国防軍に入るしかないではないか?たぶん、ネット右翼からみれば、左翼の妄想と思わるだろうが、私は、「I am not Abe」を支持する。70年前の悲劇を繰り返してはいけない。

2015年2月15日 (日)

【自分が足り

2015年2月14日 (土)

インターネットがなかったら、どんなに良かっただろう?

 ネット上で得られる情報と既存メディアから得られる情報のかい離が大きい。一日に一回は実家に戻りテレビのニュースや読売新聞をざっと見る。しかし、今、ネット上及び海外メディアが「アパルトヘイト称賛か」と大々的に取り上げている2月11日産経新聞のコラムについては報道されていない。当の産経新聞もHP上では消したようだ。

 何故、このことを他の大手メディアは取り上げないのか?私の読解力だと、海外から奴隷を入れろ!って言っているようだ。そして自分達さえ良ければそれでいいと言わんばかりの文章だ。海外メディアの批判や南アフリカ等々は批判しているのに、世間の話題にも上らない。ネットで情報を得ることのない私の両親や弟はこのことを知らない。このコラムを書いた曽野綾子氏を批判することは、政権批判につながるからだろうか?紅白でのパフォーマンスを謝罪しなければならなかった桑田佳祐氏への対応とは大違いだ。

 私は東日本大震災での原発事故報道が決め手となって、大手メディアなんて所詮は一民間企業に過ぎず、儲かるためなら悪魔にさえ心を売る人たちだと思っている。もちろん、中には良心的な人もいるだろうが組織になるとダメだ。元NHKアナウンサーの堀潤氏のように干されてしまう。

 NHKのニュースを見るたびに、朝鮮中央通信ほどでもないにしろ、現政権を正面から批判しないことに失望感が宿る。また、原稿を笑顔で読んでいるアナウンサーに悲哀を感じる。政権に魂を売って、国民を欺いているように思えてしまうからだ。sは貧乏だけれど、着実に戦争可能な国にしようとしている現政権には魂を売らない。もし戦時中の時のように、政府に対して批判できなくなり、このブログでさえ閉鎖を余儀なくされるようなことになったら自死する。

 私に妻子はいないが、一動物として、子孫に害を及ぼすようなことは絶対に認められないからだ。核廃棄物どうするんだ?自衛隊の海外派兵というけれど、隊員及びその家族のことは考えないのか?TPPで農業が破壊されたら、この国は今以上に他国に食糧依存しなければならない。危惧することは尽きない。

 こんな危惧はお前の妄想だと思われるが、多少なりとも客観的な近代史を知れば、現政権の方向性がいかに危険か良く分かる。日本の国柄を破壊し、国民生活を疲弊させるどころか、テロリストの標的にまでさせた現政権が一刻も早く潰れることを願う。

2015年2月12日 (木)

「2巡目で1人がん確定、福島 甲状腺検査で報告」(東京新聞)の記事を読んで思うこと

来月で東日本大震災から4年になる。避難している方々も16万人いる。そして、子供の甲状腺がん発症者も90名近くに上っているし、疑い例も報告されている。そのうえ、こんな記事も出た。「2巡目で1人がん確定、福島 甲状腺検査で報告」(東京新聞:http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2015021201001706.html)

この委員会の見解は相変わらず、「放射線の影響とは考えにくい」らしい。大手メディアは、そのことについてただ流すだけで、批判したりしない。権力側の発表は素通りであって、それに異を唱える人間は盛んに攻撃する。「美味しんぼ」の作者、雁屋哲氏の例が最もわかりやすい。とにかく、この国では原発事故で被害者が出てはいけないことになっている。チェルノブイリとは違うということを至上命題にしているかのようだ。そして、大手メディアはこの空気を暗黙の状態のごとく作っている。 改めて水俣病の時と似ていると思う。

この国のエリートと呼ばれる人たちは自分たちは出世の妨げになるようなミスがあってはならない。根本的に自分たちさえ良ければそれで良いという思想の持ち主なのかもしれない。素人には屁理屈とも言える見解を平気で出してくる。裁判に訴えても、裁判官は基本的には役人であって、国の空気に逆らえない。この国には三権分立など存在していない。政治家、官僚、大企業、メディアといった権力を形成しているのだ。

しかし、悲しいかな。この国の多くの人たちは、自身の生活に忙殺され、大手メディアの作り出す空気に逆らわない。投票にも半数がいかない。政治的なことを言えば批判されるのが怖いから、言うなら匿名か、無関心を装う。ババを引かないように、するだけだ。

今日、○○が国会で施政方針演説をしたらしいが、あの男が威勢の良いことを言って、ちゃんと成果を出したことがあるのか?福島の汚染水問題は終結したのか?円安株高で、一部の富裕層は儲かったが、一般庶民は物価高で苦しんでいるだけではないか?この男の嘘つきぶりはあまりにも酷い。

2月9日、「翼賛体制の構築に抗する言論人、報道人、表現者の声明」が記者会見を通じて発表された。約1200名が実名で署名したという。素晴らしいことだ。私は、一般人なので、ここに名を連ねることはできないが、賛同の署名はした。多様性な言論空間がなくなることぐらい、恐ろしいことはない。現政権の早期失脚を望むばかり。

 

2015年2月10日 (火)

【小保方氏は「懲戒解雇相当」 理研、形式上最も重い処分で決着】これ以上死人に鞭打つのか?

 昨年の今頃だっただろうか、ノーベル賞的発見と言われたSTAP細胞のことが、ねつ造認定され、右往左往した挙句、責任者は自殺した。研究ユニットリーダーの小保方氏は世間から袋叩きにあった。いや、現在進行形だ。理研をはじめ、世間はこの人も死に追いやるつもりか?

 彼女が理研とどういう契約を交わしていたかは分からないが、研究費の返還請求だの、窃盗罪適用だの、個人的には死者に鞭打つような見出しが躍る。私自身は「情けは人のためあらず」を心に刻んでいるから、とても嫌な気分だ。

 理研が、これほどまでにいち研究者を徹底的に追い詰めるのか?勘ぐって見ると、政府予算の関係なのかもしれない。自己保身極まりない。最低だ。こういう風潮が続くと、研究者は委縮してしまう。「失敗は成功の元」ともいわれる通り、ノーベル賞を受賞した研究者であっても、多くの失敗から、新たな発見を見出した。この風潮は、これすら否定することになりかねない。

 資源のない日本は、技術力が必要だといいながら、日本人の誰ひとりとして実害が及んでいない研究発表に対しても、これほどひどい仕打ちをしていいのか?責任は理研にある。研究費の肩代わりは理研がすべきではないのか?私には小保方氏が悪意を持ってこのねつ造をしたとは、今もって思えないのでこんな感想を持っているのかもしれない。

 でも客観的に見れば、叩きすぎと思えないか?この国は失敗を許さないのか?こういう風潮は改善していく必要がある。すべてはメディアにかかっている。

2015年2月 7日 (土)

【素人目線】第39期棋聖戦第3局を見て思うこと。

 一昨日と昨日、広島県尾道市で第39期棋聖戦第3局が行われ、黒番・井山祐太棋聖が白番・山下九段に1目半勝ちした。これで井山棋聖は3連勝、3度目の防衛に大手をかけた。

 今局も素人には「何でそこに打つんだろう?こんなところで手を抜いて大丈夫なのか?その石は捨てるのか?おお、振り替わり!」序盤からそんな感じが続いていた。NHK・BSの生中継が終った頃から異変が起きる。それまでは井山棋聖の方が主導権を握っていたはずなのに、白が上辺の黒6子を取ってしまった。

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 上図黒161手目だが、上辺に大きな白地が形成されているのが分かる。素人的には、盤面で10目ぐらいの差がついてしまったのではないかと感じた。ヨセ勝負となっても、トッププロは簡単には間違えない。さすがに井山棋聖でもこれをひっくり返すことはできないだろうと思っていた。

 無料会員の空しさゆえ、プロの解説は見れない。だけど、だんだん白の地が削られていくのが分かる。この辺りのヨセはどういう順番に着手していくかによって結果が大きく変わる。下図は終局図(自分で手入れをいれた)ものだが、左上隅のスソアキからの浸食、下辺の白地も大きく削り、右辺の取られている2子を4子にして、攻め取りにさせ白地に白から手を入れさせた。この辺りで勝敗が決まったのかもしれない。

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 棋書には、「アマチュアと、プロとの圧倒的な違いはヨセにある」なんてことが書いてあるが、まさにそれを実感する対局だった。どこが大きいのか?どの順番で打つのか?どうすれば先手で打てるのか?当然、私にはプロのような真似はできないけれど、ヨセの力を磨くことの重要性を再認識した。

 7番勝負で3連勝されてしまったら、さすがに厳しい。ただ過去の棋聖戦でも3連勝の後、4連敗ということが起こらなかったわけではない。今局を落としカド番に追い込まれた山下九段の奮起に期待する。



2015年2月 5日 (木)

ISILによる邦人殺害事件で気になること。

 ISILによる邦人殺害事件を契機として、国会ではいろいろな論戦が行われているが、質問と答弁がかみ合っていないようだ。政府の広報機関である大手メディアでは分からないが、国会議員や国会を観ている方のツイートを読めば、その酷さが良く分かる。何で、○○首相を批判したらテロを容認していることになり、その上テロリストのレッテルを貼られるのだ?

 

 それにメディアもジャーナリストの後藤氏の方は誹謗中傷めいた情報を出すけれど、湯川氏に関してはあまりないような気がする。ネット上では湯川氏と自民党代議士とのツーショット写真もあり、ひょっとしたら関係があるのか?なんて思わせる。でも、それは証拠がないから言及しないとして、彼が「民間軍事会社」を設立し何をしようとしていたのか?何故、武器を持ってISILの支配地域に入っていったのか?少なくとも誰かに話していたのではないか?という疑問も浮かぶ。

 

 また、後藤氏の方も疑問が残る。私が彼の存在を知った文化放送ゴールデンラジオへの出演でISILについてのことは熟知していて、首相がこんなことを言えば、命の危険に晒されるだろうことも予測していた。しかも、彼にはまだ生まれたばかりの子供がいる。凡人の私には分からないが、正義感や使命感だけで、そんな危険地域に入っていけるものだろうか?

 

 妄想癖のある私には、何か裏があるような気がして仕方ない。おそらく真相なんて、特定秘密保護法というもので解明されることはないだろう。でも、だからこそ、この事件を契機に戦争参加へのハードルが低くなってはならない。改めて、亡くなられた二人の、ご冥福をお祈りします。

 

2015年2月 3日 (火)

サッカー日本代表、アギーレ監督が解任されたことについて思うこと。

 今日、サッカー日本代表監督のアギーレ氏が解任された。2011年スペインリーグでの八百長を告発され、それを裁判所が受理したことが理由だ。先月、オーストラリアで行われたアジア杯でもベスト16止まりだったこともあるだろう。

 個人的に不満があるのは、ブラジルW杯で惨敗しながら、その総括も行わないまま、すぐにアギーレ氏に決めてしまった印象があるからだ。普通の人が納得するには、W杯での敗因は○○であって、その要因は○○だったから、こういう人に託したと説明するべきだった。

 サッカーの場合、監督が代わると戦術が変わり、それとともに選手選考も変わり、ある意味、新陳代謝が行われる。代表常連選手も例外ではない。決して悪いことではないが、結局、いろいろな選手を試した挙句、アジア杯で使われたメンバーはブラジルW杯に出場した選手が主体だった。もっともそれくらい日本は選手層が薄いということを露呈してしまったのかもしれない。

 アギーレ監督の解任は致し方ない。おそらくスポンサーからも圧力がかかったに違いない。だけど、彼を選んだサッカー日本協会の方々には何の責任もないのか?少なくとも、こういう人選をした責任者である大仁会長は引責辞任をすべきではないのか?これを曖昧にしたまま、次期監督を選んだとしても誰も納得しないだろう。もっともメディアは”よいしょ”するかもしれないが(妄想)。

 今回のことで、日本サッカー協会の信用は失墜した。それを正面から受け止められるかどうかが、今後の日本代表の飛躍、Jリーグの隆盛に寄与すると思うのだが、果たして、今回のことを機に組織改革が出来るかどうか?日本代表の命運がかかっているような気がしてならない。

2015年2月 1日 (日)

残酷な仕打ちに怒りを禁じえない。

 昨夜「便りながないのは良い便り」なんて書いたが、朝起きてツイッターを覗いたら、ISILに拘束されていた後藤さんが処刑されたというツイートで溢れていた。残念でならないし、怒りを覚える。

 明日は3時起きなので、この件については時間がある時にじっくり考えたい。亡くなられた後藤さんのご冥福をお祈りする。

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